エヌビディア合同会社 エンタープライズ事業本部 事業本部長 井﨑武士氏
「DXはバズワードとなり、さまざまな箇所で取り上げられています。日本国内の企業でも『DXを推進しないといけない』と考えられている企業が増えていますが、一方で『現行のビジネスに大きな問題はなく無理にDXを推進しなくてもいいのでは』と思われている企業もなかにはいらっしゃいます。このような企業や経営層の方は、おそらく“現時点のビジネス”しか見ていないと思うのです」
こう話すのは、エヌビディア合同会社 エンタープライズ事業本部 事業本部長 井﨑武士氏だ。
エヌビディアは6月に「NVIDIA AI DAYS」と題したオンラインイベントを開催した。エヌビディアといえば、AI業界に携わる人なら知らない人はいない「GPU」メーカー。クラウドGPUサービスなどで、エヌビディア製品にお世話になっている人も少なくないだろう。
そんなGPUでAI業界を牽引するエヌビディアは、NVIDIA AI DAYSでのセッション上で「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」を発表した。このプログラムは、日本のさまざまな企業に対し、エヌビディアがパートナー企業と連携してDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進させていく取り組みだ。
なぜ、GPUメーカーであるエヌビディアが日本のDXを推進させるために動くのか。井﨑氏に話を聞いた。
うまくいかなければ「ここにコストをかける意味があるのか」と言われる
井﨑氏は最初に「失敗するDX事例は、『AI導入をした際に、考えていたような成果が出なかったケース』と似ている」と話す。
「いま、DXと言うと『業務データのデジタル化』や『DX=ERPのようなツールの導入』と捉えられてしまうケースも散見されます。さらに、以前のAI(人工知能)が何でもできる『魔法のツール』と思われていたように、本質を見誤られてしまうケースも少なくありません。
DX推進において重要なのはゴール設定です。DX――つまりデジタルトランスフォーメーションは、トランスフォーメーションというだけあって、デジタルの力でビジネスモデルや組織を含む会社全体を変革させることです。ですので、デジタル化とDXは似て非なるものなのです」
ファックスの廃止やリモート会議など、デジタル化が進む会社は多いが、それではDXを推進しているとはいえない。ビジネスの変革や転換をしてこそのDXなので、DX自体への意味理解が足りていない企業は失敗しやすいのだ。
井﨑氏がまとめてくれた失敗しやすいDXの例は以下だ。
理解不足(本質の見誤り)
- ハンコ、FAX、リモート会議、ERP : ゴール設定を間違えている
- デジタル化=DX : デジタル化するだけではトランスフォーメーションではない
明確なビジネスオブジェクティブ/ビジョンの不足
- DXで何を実現するのか、したいのか : 「とりあえずDXをする」となると陥りやすい
- 経営層レベルでの理解と推進力が足りていない : 同上
- 会社全体の取り組みとしての認識がない(=特定の部署や現場だけでの完結) : 同上
人材不足
- 過去の成功体験が足かせになり、DXを推進する人材を確保していない : DXの重要性/必要性を認識しきれていないケースによくある
- デジタルネイティブな層が不足している : 理解が深い人材はまだまだ若手が多い
「DXを成功させた定番の例で挙がるのは『Netflix(ネットフリックス)』での事例です。Netflixの創業期はDVDのレンタルサービスを展開されていました。しかし、いまではサブスクリプションとして、オンデマンド配信による映像サービスを展開しています。レンタルからサブスクリプションでのサービス展開は、その中身こそ似ているようで、事業内容は大きな変革を遂げています。
Netflixでは創業期から培った会員のデータから、会員ごとにおすすめの作品を提案する『レコメンド機能』を実装しました。さらに、中核事業をレンタルからオンデマンド配信に切り替えたことで、PCやスマートフォン、ゲーム機などでも視聴できるサービスに変革させたのです。
最近では、顧客情報をもとに、どういったコンテンツが利用者に“ウケる”のかを分析し、いまではコンテンツを配信するだけでなく、制作するポジションにもなりつつあります。
単なるデジタル化を進めたわけではなく、Netflixはサービスを大きく変革させたDXを推進したことで、現在の競争優位に立っているのです」(井﨑氏)
「DXを推進させることによる企業へのインパクトは非常に高くなる可能性がある」と株式会社エクサウィザーズ AIP事業部 執行役員 AIP事業部長 前川 智明氏はNVIDIA AI DAYSで話している
Netflixの事例を聞けば「なるほど」とはなるが、それでもなかなか日本企業ではDX推進がうまくいきづらいのも事実だ。その理由に「過去の成功体験が足かせになっているのかもしれない」と井﨑氏はいう。
「AIの導入時にもよく言われることですが、何かひとつでもうまくいかないことがあると『これをやる意味があるのか』『ここにコストをかける理由はあるのか』などとなる風潮があるのです。
とくに企業の上層部の方は、これまで事業を大きくしてきた成功体験があるため、DXのような大きく変化をもたらすものへの少なからずの抵抗があるのは当然です。ただ、過去のビジネスのまま今後もうまく継続できるのか、と言うとそんなことはないと考えています。
最近では、グローバリゼーションも活発になり、日本にも多くの海外企業が参入しています。インターネットが全盛になったことで、場所的なロケーションにおける制約がなくなりつつあります。つまり、世界中が同じマーケットになり、このマーケット上で世界中の企業が競争しているわけです。そうなったとき、アメリカ企業のようなDXを推進している企業と、従来の事業形態のまま取り組む企業では優劣がはっきりしてしまいます。
世界的な潮流がDXに傾き、進んでいるので、日本企業もDXに取り組まなければ後れを取るばかりです」(同氏)
NVIDIA AI DAYのkeynoteでは「たとえば、プロ野球全体がプロサッカーに席巻されたと言えるほどの状態になるくらい、市場は大きく変化している」と株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長 冨山 和彦氏によって語られていた
エヌビディアが日本企業のDX推進に関する「相談窓口」になる
さて、エヌビディアが新たに発表した「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」は、企業のDXを成功に導くために、パートナー企業と連携し課題分析から運用までをサポートする取り組みだ。
ビジネスアドバイザーやAIエキスパートなどの企業がパートナーとして参画し、企業のDXを推進させる
主な活動内容は、顧客となる企業のDXやAI実装において、エヌビディアと参画パートナーが連携して「企業の成長戦略とDX施策の整合性」「施策立案から開発、運用までの実装サイクルの短期化」「現場に根付くAIソリューションの実装」に着目し、サポートする。
「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」では顧客それぞれのDXに関する課題を解決するために、最適なパートナー企業を紹介するなど、エヌビディアだからこそできるサポートをしていくそうだ。
つまり「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」は、エヌビディアがDXについて課題を抱える企業の相談窓口になるわけだ。
当然、本プログラムにあたって、エヌビディアとともに日本企業のDX推進をサポートするパートナー企業は必要不可欠。これについて井﨑氏は次のように話す。
「企業の課題分析やDX施策立案を行うビジネスコンサルティング・アドバイザー、AIモデルを提供するAIスタートアップなどをはじめとするAIエキスパート、アプリケーションやサービスの構築、メンテナンスを担うインテグレータやITエキスパートなどと連携していきます。ただし、AIスタートアップを一つとっても、日本には高い技術力をもつ会社が数多くあります。それこそ、製造業に強かったり、小売り業界に詳しかったりなど、特長が多岐に渡ります。
しかし、DX推進に課題を抱える企業には、『いったいどこに相談すればいいのかわからない』と踏み出せないケースもあります。この溝を埋めるのも『NVIDIA DX アクセラレーションプログラム』の役割です。こうした企業様には、それぞれ異なる課題があるため、その課題を解決できる最適なパートナー企業を選定していきます
ですので、DXを推進したい企業様には、課題を解決してくれるパートナーを紹介し、例えば高い技術力をもつAIスタートアップ企業様には、自社の技術を存分に活用できる企業とつながれるのが『NVIDIA DX アクセラレーションプログラム』なのです」(井﨑氏)
エヌビディアが狙うのは、新たなマーケットの創造
それではなぜ、GPU事業を手掛けるエヌビディアが日本企業のDX推進のために乗り出したのか。
エヌビディアはGPUを提供するメーカーであるものの、販売はパートナー企業やディストリビューターなどを経由する、直接的に企業やユーザーと関わらない上位レイヤーにいるポジションだと考える人もいるはず。ただ、そんなエヌビディアが発表した「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」は、DX推進に困る企業のサポートをする、いわば現場に近しいポジションに就くプログラムなのだ。
井﨑氏は「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」の狙いについて、次のように話してくれた。
「エヌビディアではGPUを専業としてこれまでも事業に取り組んでいました。そのなかで、我々は常日頃から『どういったアプリケーションに、どのような付加価値を提供するのか』を探しています。
実は、2015年ごろに日本国内でAIやディープラーニングを広めようと活動したとき単に『GPUの必要性』を説く営業ではなく、まずAIやディープラーニングの市場を作ることに専念をしました。徐々に日本国内でもAIなどのブームが発生し、次第にGPU需要も増していったという経験があります。
たしかに私たちエヌビディアは、GPUを売ることが最終的なビジネスです。ただ、同時に新しい市場を創ることも求められています。GPUが売れるのは最終的な部分で構わないのです。
まず我々エヌビディアとして進めるべきは、いかにして日本企業でのDXを推進させられるか。ひいては、海外の企業と競争していける力を付けさせるかです。そのためにも、『NVIDIA DX アクセラレーションプログラム』を開始することにいたしました」
そして井﨑氏は「パートナーとなる企業様には、技術支援やトレーニングなどもフォローしていく」と続ける。
「いわゆるビジネスマッチングとしての側面はもちろんですが、『海外での事例ではこのような手法で取り組まれていますよ』などと、新たな事例の紹介や、課題解決のための技術支援などもエヌビディアとしてフォローしていきます。
また、NVIDIA AI DAYSのようなイベントにご登壇いただいたり、エヌビディアのSNSやブログ等でパートナー企業様の情報を発信したりなど、マーケティングの支援も進める予定です」(同氏)
NVIDIA AI DAYSでは一般社団法人 日本ディープラーニング協会 理事/事務局長 岡田 隆太朗氏も経団連の参考資料をもとに「日本企業では大企業でも大半がAIへの理解がなく、レガシーシステムが肥大化している。だが、そうした企業こそデータ活用などを進めれば、ビジネスがより良いものになっていく」と話す
エヌビディアとともにDXを推進するパートナー企業を募集中
「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」はまだ始まったばかり。そのため、エヌビディアでは日本企業のDX推進に協力してくれるパートナー企業を募集しているという。
先に紹介したとおり、パートナー企業になれば、ビジネスマッチングの機会や、技術支援/トレーニング、先行事例の紹介など豊富なメリットを得られる。井﨑氏によれば「DXを推進したい企業が抱える課題はさまざまなので、それらを解決するためにも、自社の企業規模に関わらずパートナーとして参画してほしい」と話した。
井﨑氏に話を聞いていて最も意外だったのは「DXの推進について、エヌビディアに相談できる」という点だ。
すでに「NVIDIA DX アクセラレーションプログラム」に近しい取り組みは他企業でも進められているものの、“あのエヌビディア”が主導となり進めるプログラムなので、多くの企業から相談が寄せられ、日本のDXの推進を支える取り組みになりそうだ。
冒頭でも触れたとおり、DXをうまく進められていない企業には「過去の成功体験」が足かせになっていたり、現状のビジネスしか見えていなかったりするのはよくあることだ。
5年後、10年後、さらにはその先を見据えるのであれば、いよいよ本腰を入れてDXを推し進めるときが来たのかもしれない。