119番通報受付や通信を担う消防システムから銀行ATMまで、さまざまな業務用機器・インフラサービスを手掛ける沖電気工業(以下、OKI)がCEATEC 2019でお披露目した、「AIエッジロボット」。
ガンダムやエヴァ(新世紀エヴァンゲリオン)の操縦席を彷彿とさせるコックピットに、SFアニメで目にするような、スタイリッシュなデザインのサービスロボット。多くの来場者が、同社のブース前で足を止めた。
プロジェクト始動から5カ月足らずで、プロトタイプの公開までこぎつけられた理由とは。AIエッジロボットの独自機能とあわせて、キーパーソンに話を聞いた。
画像左から前野氏、加藤氏
AIエッジロボットの搭載機能
AIエッジロボットは、同社初のサービスロボットのコンセプトモデルだ。同社経営基盤権部研究開発センターイノベーション推進室の前野 蔵人氏が強調したかったのは、「フライングビュー」機能と、遠隔からロボットのAIを人が支援する遠隔運用に優れているという製品コンセプトだという。
画像提供:OKI
ロボットの周辺360度がひと目でわかるフライングビュー機能
フライングビュー機能は、警備ロボットの上部についた4つのカメラで撮影した画像を合成し、ロボットの周辺360度を見渡せる1枚の大きな画像を作成するというものだ。
「複数のカメラ画像を、ひとりが一度に見るのは難しいもので、見落とすリスクもある。この機能を使えば、1枚の大きな画像でロボットの周辺を見渡せて状況が分かりやすくなる、ということを伝えたかったのです」
前野氏によると、側面のディスプレイには8台分のロボット撮影映像が常時流れるほか、ロボットの場所を示す簡易地図、ロボットの状態を把握する画面が表示されるという。
画像提供:OKI
上のプロトタイプ画面から、表示情報が改善・変更される可能性はあるとのことだが、カスタマイズも可能であり、現行のコックピット型も「オプション扱いとなるが対応可能」予定だという。
数ある自律式ロボットと差をつけたのは「遠隔運用」
すでに多くの企業がAI搭載ロボットに注目している中、後発になる沖電気工業が打ち出した「遠隔操作」というコンセプトだった。
「多くのメーカーがAI搭載ロボットの新製品を打ち出す中、遠隔から制御するというコンセプトを打ち出したのは弊社だけで、『なるほどね』と頷いてくださる来場者が多かった印象です」
現在、防犯・警備業や流通(搬送)業といった人手不足になりがちな業界からの引き合いが多いという。今後は制御できるロボットの台数を10〜20台に増やしてゆき、ゆくゆくは完全自動化を目指すとのことだ。
新規事業のエンジンになった「Yume Project」
このAIエッジロボットはいかにして生まれたのだろうか。全社を挙げた取り組みの「Yume Pro」にあった。
「Yume Pro」は、沖電気工業が展開する、社内のオープンイノベーションを活性化させる仕組みだという。社内での新規事業コンテスト「Yume Pro チャレンジ」は2018年からスタート。2019年のビジネスコンテストにて、応募総数36、最終審査10組の中から大賞を獲得したのがAIエッジロボットだったというわけだ。
応募者に与えられたテーマは「沖電気としてどのようなオープンイノベーションを起こしていくか」のみで、「AIを必ず活用しなければいけない」のような縛りはない。職種による制限もなく、知財担当者など非開発部門からの応募もあった。
エンドユーザーの顔が見えないという危機感
インフラ分野の運用・通信技術に長け、大手企業や行政など優良顧客との結びつきも深いOKI。そんな同社が新規事業に注力するのは、ある問題意識に起因する。
「企業さんと共にビジネスを続けていきながらも、『顧客企業のお客様』が何を求め、どう考えているのか、が私たちからは見えにくいという問題が常にありました。そこで我々自身がエンドユーザーに目を向けていこう、という話からイノベーション・マネジメントの取り組みが始まったのです」
前野氏がロボットを選んだのも、「人手不足の深刻化によって、ロボットの手も借りたい」という気運の高まりからだという。
「ロボット技術の発展は著しいと言われていますが、国内ではいまだ実験段階のものばかり。自由に屋内外を走り回れるロボットは生まれていません。
もし弊社の得意分野である運用・通信技術を活かして、自律したAIと遠隔運用技術を組み合わせられれば、ロボットの実用性を高められるのではないか?というのが、今回のエッジロボットのコンセプトを決めた経緯にあります」
これまでも世間の技術や社会動向を調査し、経営層に提言していた前野氏。この提言を「目に見える形」にできる絶好のチャンスが、Yume Pro チャレンジだったのだ。
プロジェクトが成功した最大の理由は、トップダウンの強い推進力による「ALL OKI体制」
「Yume Pro」の一連の取り組みを推進していったのが、同社社長を始めとする経営層だった。プロジェクト発足から5カ月という急ピッチながらも、クオリティを高めて展示にこぎつけられたのは、全社のリソースを使えた体制にあったと二人は語る。
AIエッジロボットのプロジェクトメンバーは総勢50名ほど。うち、開発に携わったのは20〜30名。加藤氏や前野氏の所属する部署だけでなく、事業部の枠を超えて優秀な人材をアサインすることができたという。
ほかにも、以下のような成功要因があった。
- 社を挙げたコンテスト、優秀なアイディアを全社で表彰
- 稟議や調整業務など、煩雑な手続きにかかる時間を大幅短縮
- 顧客のニーズを、営業部門がヒアリングし調査
- 開発リソースの確保。プロジェクト予算や部品のスムーズな調達など
- 展示会ブースは、ひときわ目立つ場所にロボットを設置
「やはり上層部のコミットメントがあったからこそ、ハイピッチで進められた、という部分が大きいと思います」
現場のニーズを知り、AIエッジロボットの用途を絞り込む
「コンセプトを提示できたとはいえ、まだスタンスを立てられた程度。全社を挙げて『ロボットで行くぞ』というところまでは到達していないので、これからが本番だと思います」
前野氏が「これからが本番」というように、AIエッジロボットが製品化するまでのハードルは少なくない。同社が想定している、ロボットの利用シチュエーションは大きく分けると、施設管理・警備・搬送の3領域だ。しかし、ひと言で『施設管理』といっても、ロボットが稼働する場所によって、必要な機能は違ってくる。
「階段を認識させるか否か、という機能面のほか、屋外で使う場合は通信形式にも気を配る必要が出てきます。かつ、ロボットによってどれだけ人手不足が解消できるのか、という観点を折り込んで成果を出すのは、そう簡単ではないでしょう」
今後は製品化に向けて、より深いニーズを知るために顧客へのヒアリングのほか、業態(やその用途)に合わせたロボットの開発を急いでいるという。
「すでにYume Proチャレンジ大賞をはじめとした取り組みが走っていますが、事業化にこぎつけるのが一番説得力ある話だと思います。
まずはAIエッジロボットの事業化を成功させ、社内で新たな取組みをしやすくなるような環境を整えていきたいです」
「高い技術を実装し、信頼性ある製品を作るのが得意な企業だと評価をいただくこともあり、開発者たちも自社の技術に誇りを持っています。
しかし、今後も『技術のOKI』と呼ばれ続けるには、新しいトレンドにもどんどんキャッチアップしていかないといけない。今回はAIやロボットという形になりましたが、これからも潮流やユーザーニーズを踏まえたうえで、技術的な魅力を伝えられるよう研究開発を続けていきたいと考えています」
社内でイノベーションを成功させるには
加藤氏が「トップのコミットがあるからこそスピード感があった」、前野氏が「自分の提言を製品化するいい機会だった」と言うように、組織を挙げて取り組む姿勢が成功に繋がった事例だといえる。
トップの推進力によって社内リソース(開発部門に限らず)をフルに活用し、既存事業でのノウハウや強みを活かしつつうまく新技術と融合させる、というのはAI活用のひとつの成功パターンといえるのではなかろうか。
AIによる遠隔操作は、次世代通信規格の5G普及によって大幅な発展が見込まれる分野のひとつ。製品としてリリースするには課題だらけ、とのことだが、世に出るときは前野氏が述べていた「実用化に向けての提言」、になりうるだろう。
加藤 圭
1992年、沖電気工業株式会社に入社。次世代通信システムの研究開発を担当。1996年、米国ペンシルバニア大学に留学し、次世代通信技術(アクティブネットワーク)の研究開発に従事。1998年帰国後通信、分野での最先端領域を担当。IoTの商品企画・事業企画を経て、2019年より現職。現在は、SDGsに掲げられている社会課題の解決に向けて、共創による新たなイノベーションを創出するイノベーション・マネジメントシステム(Yume Pro)を推進中。
前野 蔵人
1995年、沖電気工業株式会社に入社。入社当初より、画像処理・統計解析・機械学習などの研究開発を担当。2000年、米国コロンビア大学に留学し、画像処理・セキュリティに関する共同研究を行う。2008年からは、センサーを用いたAIの研究開発プロジェクトを推進、2017年より、研究開発センターにて、イノベーション推進室の室長(現職)として、技術戦略の策定とAIエッジの研究開発を推進中。