「AIは人間と異なる知性と認識すべき」オムロンサイニックエックス設立1年、代表が語る「人と機械の融和」に必要なこと

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本郷三丁目の駅を出て、東京大学の方へ少し歩いたところにその会社はある。

ちょうど2018年にソフトバンク傘下のVCであるディープコアがオープンした、AI特化型のインキュベーション施設「KARNEL HONGO」から数ブロック隣だ。

オムロン サイニックエックス(OSX)代表の諏訪正樹はこう語る。

――諏訪
「この立地なので、京都と奈良の境目にある職場にいたときよりも遥かに人が訪ねて来やすい印象ですね。いろいろな人が相談に来られます」

諏訪のもとに舞い込む「相談」とは、AI、IoTやロボティクスといったテクノロジーをどのように活かしたらいいのか、といったもの。オムロンと京都府舞鶴市が取り組む地方都市の課題解決プロジェクトも、舞鶴副市長のOSX訪問から生まれたという。

2018年4月、オムロンは同社の考える“近未来デザイン”を創出する戦略拠点と位置づけた「オムロン サイニックエックス」を立ち上げた。

設立から1年──OSXは今、オムロン社全体をイノベーションの渦に巻き込んでいる。

オムロンの考える「近未来デザイン」とは一体何か? 創始者の思想を今日でも体現し続け、イノベーションを起こし続けるオムロン技術経営の中核組織を訪ねた。

諏訪正樹 オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長 兼 所長
1968年、京都府生まれ。1997年、立命館大学理工学研究科博士後期課程修了後、オムロン株式会社入社。信号処理、機械学習のアルゴリズム、3D画像計測原理、計測アルゴリズムの研究開発に従事。2018年2月、オムロン サイニックエックス株式会社代表取締役に就任。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科、九州工業大学生命工学研究科客員教授。クラシックギター、サッカーなど多趣味。長く京都で生活してきたが、新会社立ち上げにより東京に転勤。東京に来て良かったのは「ライブやコンサート、美術展などのイベントがとても多い」こと。忙しい中で時間を見つけては、これらのイベントに足を運ぶ。

OSXが掲げる「近未来デザイン」設立1年の成果

まず、OSXのオムロン社内での位置づけから振り返っておこう。

OSXは、オムロン社内の技術経営をさらに加速するために、2018年に立ち上がった組織。同年3月、オムロンの構造改革の一環で設立されたイノベーション推進本部直下の組織だ。

出典:オムロン提供資料より

役割としては、大きく分けると以下のようになる。

  • イノベーション推進本部がオムロン社内外のリソースを巻き込みながらイノベーションを推進する
  • OSXが未来の技術革新起点で社会課題を捉え、世の中に大きなインパクトを与えるであろう具体的な社会実装を見据えた近未来デザインの種を創出する
――諏訪
「イノベーション推進本部は、組織ではなくプラットフォームという位置づけです。組織にすると当事者意識が薄れますが、プラットフォームにすることで全社が関わり、イノベーションを起こそうという当事者意識が生まれます」

もともとオムロン社内にはなんとかしてイノベーションを起こそうという土壌はあったが、プラットフォーム化することで、その土壌はさらに強まったと強調する。すでにイノベーション推進本部内で10以上のプロジェクトが進んでいるという。

カバーする技術領域の範囲は計り知れない。現在注力しているのは、オムロンの事業とは切っても切り離せないAI、IoT、センシング、ロボティクスなどの技術領域ではあるが、「今後ますます広がっていくだろう」という。

その理由は、OSXの目指す「近未来デザイン」にある。理想とする未来像を明確に描き、そのために必要な技術は何か、どのようなステークホルダーが関わるか、オムロンはどのように関わっていくのかをバックキャストで描いていく。

そのため、描いた未来像達成に必要な技術と判断すればアンテナを貼っておく必要がある。

バックキャスト
未来のある時点に目標を設定し、そこから振り返って現在すべきことを考える方法。

――諏訪
「『近未来デザイン』は創業者から受け継がれているカルチャーであり、オムロンのDNAです。ニーズを追うのではなく、常に世に先駆けてニーズを作り出してきました

オムロン技術経営の原初「SINIC理論」

オムロンの「技術経営」への姿勢は、創業者の立石一真までさかのぼる。

50年以上前からすでに、未来を見据えてさまざまな事業を作ってきた。そのため、現在のオムロンの事業はヘルスケア、制御機器、社会システム、車載機、電子部品など多岐にわたる。

技術経営の姿勢の要は、OSXの社名にも含まれる、立石一真が開発した「SINIC理論」だ。以下、オムロンHPより引用する。

「SINICとは“Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution”の頭文字をとったもので、『SINIC理論』では科学と技術と社会の間には円環論的な関係があり、異なる2つの方向から相互にインパクトを与えあっているとしています。ひとつの方向は、新しい科学が新しい技術を生み、それが社会へのインパクトとなって社会の変貌を促すというもの。もうひとつの方向は、逆に社会のニーズが新しい技術の開発を促し、それが新しい科学への期待となるというもの。この2つの方向が相関関係により、お互いが原因となり結果となって社会が発展していくという理論です」

SINIC理論では、過去から現在、未来までの社会のあり方を大きく5つに分けている。

14世紀までの社会を「農業社会」と位置づけ、その上に「工業社会」が続く。工業社会が終わる1870年以降は「機械化社会」が続き、20世紀に入ると「自動化社会」、20世紀末から21世紀始めまでの「情報化社会」に至る。

出典:オムロン提供資料より

このSINIC理論をもとに、オムロンは数々のイノベーションを生み出してきた。創業者の立石一真は、60年前からすでに自動改札機の着想を得、阪急電鉄の駅で実装していた。

――諏訪
「立石は、1960年に当時の資本金の4倍の金額を投じて、工場ではなく研究所を設立しました。技術経営は継承しているといえど、今だったら取締役会で即却下でしょうね(笑)」

SINIC理論では、2005年から「最適化社会」が始まり、2025年、社会は「自律社会」に突入するという未来予想図が描かれている。

最適化社会では、これまで社会が追い求めてきた生産性や、物質的な豊かさの重要度は薄れ、より精神的な豊かさを支えるテクノロジーが発展するという。

つまり、人間の感性をコンピューターに直接入力し、感性を自由に表現できるようになる。そして、それは「人と機械の融和」によってなされるという。

人と機械の融和とはどういうことか。諏訪はその答えを、「機械が人の能力を引き出す」ことだと語る。

――諏訪
「これまでは機械を扱うには、人が技術を習得し、機械を使いこなす必要がありました。しかし今後は、機械が人の側に寄ってくる。人の持つ能力を広げてくれるようになります。

オムロンで卓球ロボット『フォルフェウス』を作ったのは、人と機械の融和をシンボリックに表現するためでした」

出典:朝日新聞社YouTubeチャンネルより
オムロンが昨年のCESで披露した卓球ロボット「フォルフェウス」第5世代。人の打った球をその人の実力に合わせた球速で打ち返してくる。初心者には緩めの球を、ある程度上級者の球にもきちんと打ち返し、ラリーが続いていく。AI、センシング、ロボティクス技術の塊だ。

AIは「人間とは異なる知性」という認識が必要

人と機械の融和といっても、2025年を迎えるまでただ待っていればいいというわけではない。諏訪は「現代社会はまだ技術を迎え入れる準備ができていない」とし、AIについての向き合い方に言及した。

――諏訪
「AIが人に取って代わる、人間の知性を超えるという見方は間違っていると思います。そもそもAIと人間とでは得意なことが違うので、超える、超えないという話は本質的ではない。

AI、人間の得意をそれぞれ活かせる場をつくる。そのためには、AIを『人間とはまったく別の知性体である』と認識することが重要です」

諏訪はAIと人間には明確な感覚の違いがあるといい、興味深い例を紹介してくれた。

出典:オムロン提供資料より

「止まれ」という道路標識を、人間は見ることで「止まれ」と認識できる。しかし、ここに少しのノイズ(ただし単にランダムなノイズではなく、意味のある情報も含んでいる)を加えるだけで、AIは標識の意味を誤認する。

これは、同じ認識でも人間とAIではそのメカニズムが大きく異なるためだ。つまり、人間とAIは認識の方法からしてまったく違う知性体だといえる。

諏訪は、現在話題になっている「ホワイトボックスAI」(説明可能なAI。ブラックボックスだと言われるAIのアウトプットを説明できるようにする技術、取り組みのこと)の議論も引き合いに出し、あまり追いかけすぎるのも不毛なものだと指摘する。

――諏訪
そもそも人間の判断もホワイトボックスか? と言われると絶対そうだとはいいきれませんよね。

患者が医者の診断に納得したとして、外部からは医者がなぜその診断を下したのかは分かりません。説明されたところで、そういうものなんだなくらいの感想を抱くのがせいぜいでしょう。

でも、人間に説明されると、ホワイトボックスでなくても無意識に納得してしまう。これはつまり、『(然るべき)人間の説明であれば受け入れてもいい』という共通理解があるため、無意識の受容を行っているからです」

諏訪は、これを「Predictable Unpredictability(予測可能な予測不可能性)」と呼び、この範囲内にAIの判断をどう収めるかを考えるべきだという。それには、人間が人間に対して無意識に持つ「共通理解」を、AIに対しても醸成することが不可欠だ、と語った。

AIのエネルギー的な限界

世界ではGAFAがAI領域の技術革新をリードしているが「それだけですべての社会課題を解決できるわけではない」と諏訪は話す。地球上の消費できるエネルギーには限りがあるからだ。

――諏訪
「現在のディープラーニングを筆頭とするAI技術には莫大な電気消費が必要です。

AIに限らない話ですが、巨大IT企業による情報センター運営だけでも、4年前には既に年間約3000万キロワットを消費していたと言われます。2020年にはそれこそ5Gなどの普及もあって、ゼタバイトの時代が到来する。

巨大IT企業が消費する電気量が年間3000万キロワットだと原発フル稼働で約30時間分です。デジタルデータをハンドリングするだけでいくらかかりますか? そうでなくとも世界のエネルギー消費は指数関数的に増えているし、エネルギーのアッパーリミットをどう考えるかというのは重要な問題です」

AlphaGoがイ・セドルに勝利したとき、イ・セドルの脳内で消費された電気量は21ワットだったのに対し、AlphaGoは、イ・セドルに勝つまでに数10万ワットを消費していたという。

つまり、この人間とは異なる知性体の運用費は、金額換算で年間数10億円に達していた。膨大な計算量が必要なAIにおいて、電力消費の上限という問題は避けて通れない。

「エネルギー消費を同じ条件にすれば、AIが人間を駆逐するなどの議論はナンセンスということがわかる」と諏訪は言う。

――諏訪
「AIは何万キロワットを食う機械。サステナビリティの側面でも、AIがすべて人間に取って代わるという議論は非現実的です。

NVIDIAなど、ディープラーニングに必要なGPUを提供する企業が業績を伸ばしていますが、次に来るのはもっと低消費電力に強みをもつ企業でしょうね。どこかで非連続なイノベーションが必要、という前提ですが」

諏訪は「メガトレンドは本質ではない」とも語った。最後に諏訪が挙げた興味深い話を紹介しておきたい。

1901年の報知新聞の記事に、「20世紀の予言」という特集が掲載されており、そのなかに「買い物便法」という、20世紀に買い物はどのように変わるのか? という趣旨の予言が書いてある。

この予言によると、(当時から見た)未来の買い物は、「写真電話で契約が成立し、売買が完了する。また、売買された品物は地中鉄管で瞬時に運ばれる」という。

――諏訪
「現代と照らし合わせると『地中鉄管で品物が運ばれる』以外は当たってるんですよ。『馬が不要の機械式馬車(自動車)』と書いてあれば100%当たっていた。しかも日本に楽天市場が開設したのがこの預言の95年後ですからお見事としかいいようがない。

我々も近未来デザインとかっこよく言ってますが、取っ掛かり自体はそんなに難しい話じゃないのかもしれません。技術はときに非連続で、妄想に近いこともある。そこをまじめに考えて社会実装まで落とす、ということを愚直にやるだけです」