年間で2万5700時間の工数削減 不動産オープンハウスがAI・RPA導入で手にした「予想外」の成果

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興味深い話を聞いてきた。不動産会社・オープンハウスがAIを導入したら、仕事の作業時間や工数を削減できただけでなく、社員のモチベーションを向上させることにも成功したそうだ。

客目線でも、不動産業界にはいまだにアナログ文化が強く根付いていると感じる場面が多い。街にある不動産会社に行き、賃貸物件の契約に行くと、紙の間取り図をいくつも提示される。候補となる物件に内覧に行くのにも、不動産会社の担当者と同行しなければいけない。「スマートロック」などのIoT機器を使う「スマート内覧」も登場したが、普及するのはまだまだ先になりそうだ。

ただ、内覧云々の話は、不動産業界が抱えるアナログのほんの一部にしかすぎない。

たとえば、“帯替え”だ。不動産会社に貼り出されている物件案内図には、“帯”と呼ばれる部分がある。帯には、どの不動産会社が請け負っているのか、連絡先はどこなのか、そして免許番号の記載に至るまで、必要な情報が記されている。不動産の仲介において、他社の取り扱い物件を紹介することは基本的には可能だ。その際、物件案内図の帯は自社の内容に差し替える必要がある(とされている)。その作業が帯替えである。

物件案内図の帯替え

このような手作業がある不動産業界で、AIを導入したのが「東京に、家を持とう。」のキャッチコピーで知られるオープンハウスだ。先日、AI・RPA技術を活用することで、年間2万5700時間の工数削減に成功したと発表。同社でのAI・RPA活用に携わった中川帝人氏に話を聞いた。

オープンハウス株式会社 情報システム部 シニアデータサイエンティスト/課長 中川帝人氏

先端技術の導入に求められるハードルは低くなかった

中川氏は「オープンハウスという会社は、不動産業界でもアグレッシブ。効率化をするためなら、新しいことにもどんどん挑戦できる」と語る。こうした環境から、業務効率化のためにAIやRPAの導入に自然と至ったそうだ。

オープンハウスがAI・RPAを導入した目的はふたつ。「工数削減」と「ビジネス速度の向上」だ。

「工数削減」は文字通り、作業にかかる工数を削減すること。ひとりあたり労働時間を10分減らせれば、400人で4000分の削減になる。削減された時間だけ、新しい仕事を生み出すことも可能になる。これが工数削減がもたらす益だ。

そして「ビジネス速度の向上」。これは不動産業界ならではの目的ともされる。開発(=土地を仕入れて、付加価値を付けて売る業務)を行なうオープンハウスは、土地を仕入れる際に金融機関から仕入資金を借りる。事業期間を短縮し回転数をあげることで借入資金に対する利益を増やせるのである。

これらの目的をもとに、AIやRPAの導入をすすめることになる。しかし、会社から求められたハードルは低くはなかった。

「オープンハウスはビジネスのスピードが早いため、中長期的な結果はもちろん、まずは半年……いや、3ヵ月ほどで結果を出すことも求められる」と中川氏は言う。

そこで、仕事上の課題をさまざまな社員にヒアリング。現場の社員含め、改善できそうな業務をピックアップしたうち、AIやRPAを導入することで大幅な効果を得られそうなものから着手した。

いま現在では完全に自動化され、年間で2万時間も工数削減に貢献した業務がある。それが本稿でも冒頭に触れた帯替えだ。

帯替えは、帯を自社のものに差し替えるだけなので、作業自体はとても単純。そのため、1、2枚であれば何らストレスなくできるが、大量に物件を紹介するとなると、そのぶんだけ帯替え作業が発生する。つまり、非常に手間のかかる作業なのだ。帯替えを効率化させるソフトウェアも登場しているが、いまだに1枚ずつ印刷して1枚ずつ帯を貼り付けてスキャンしている会社もあるという。

オープンハウスが導入した全自動帯替え。PDFファイルを選択するだけなのでお手軽

帯替え作業をディープラーニングによる機械学習を活用することで、大幅な工数削減に成功した。機械学習時に使われた「データ」は、過去に作成された帯替えした案内図およそ4000データ。過去に作った膨大な量の物件案内図を活用したため、データを新たに作成してはいない。

帯替えの自動化の仕組み。帯の部分を検知する「物体検出モデル」

インターン生が作ったシステムで年間2万時間の工数削減

驚きなのは、この全自動帯替えシステムを構築したのはインターン生(当時)ということである。

インターン生当時、全自動帯替えシステムを作成したファム・ゴックタオ氏。現在は同社の情報システム部で働いている。

ゴックタオ氏は「帯替えを全自動化するまで、プロジェクト開始から2、3ヵ月で実用化できた」と言う。

豊富な過去のデータがあったから、というのもスピード感のあるAI導入の理由だと思うが、そもそもゴックタオ氏のような人材をどうやって見つけられたのか。

「AIは使える人が限られている。そこで、海外での新卒採用に目を付けた。いま、AI・RPAに携わるチームには、自分を除くとゴックタオをはじめベトナム人が3人いる」(中川氏)。

オープンハウスでのAI・RPAの運用は基本的には内製だ。自社開発をしたほうが「現場が必要としている機能や解決したい課題」へのズレが生じにくい、と考えているからだ。

ベンダーに委託しないため、構築・運用するには「AI人材」が必要。国内だけで人材確保をしようとすると苦労するが、海外にまで目を向ければ若くて優秀な人材に出会えることをオープンハウスが証明した。

AIの導入で得られた大きな副産物とは

AIやRPAの技術を導入し、年間の業務時間を大幅に削減できたオープンハウス。だが、先端技術を導入したことで思いもよらない成果を生み出した。それは、現場社員のモチベーションの向上だ。

中川氏は「『作業の速度も上がったし、ほかの仕事に時間を割けるようになった』という声が挙がっている」と言う。

オープンハウスの営業担当者は、朝の出社後から夕方前まで営業活動をする。営業活動後は、翌日の営業で使う資料作成などの準備時間だ。この営業活動後と、翌日の資料を作る間に帯替えの作業を進めなければいけない。

非常に単純な作業なので、経験やスキルはあまり求められない。そのため、帯替えは新人社員など、経験の浅い人が担当する業務でもあった。ただ、何十枚、何百枚と付け替える作業は、正直なところ「手間のかかる仕事」と感じてしまう。あくまでも筆者の主観だが、単純作業が合間に挟まると、なかなかモチベーションも上がりづらそうだ。

そんななか、帯替えの自動化により「帯替えに要していた時間」が大幅に削減された。帯替えに人手を割くこともなくなったし、手間がかかるという心理的負荷も軽減されたのだ。帯替えの自動化で削減された時間だけ、早く帰宅することができたり(=働き方改革の促進)、上司との会話の時間を増やすことで細かなスキルアップに挑戦できたりしているそうだ。

工数削減に目を奪われがちなAIやRPAは、いうなれば「面倒な作業を押し付けられる相手」と言ってもいいかもしれない。工数削減によって空いた時間をどう利用するかは企業によって異なるだろうが、現場社員のモチベーション向上に貢献できることも覚えておきたい。

営業活動に集中できる環境をAIで作りたい

業務効率化を担った中川氏は、今後のオープンハウスでの“AIの立ち位置”について次のように語った。

「現存するAIはできることが限られている。だからこそ、AI“でも”できることと、人間に“しか”できないことを分けて考えている」。

中川氏が考える人間にしかできない仕事というのは、営業活動だそうだ。とくに、不動産のような高額な商材を扱うのであればなおさらだ、と。

経験や才能、そのほかの要素を含めた“人間のスキル”は、おろそかにできない。高額な商材を扱う不動産営業は、一般的に何回(=何日)も時間をかけて営業し、顧客が満足できる物件を提供する。ところが、優秀な営業担当者は、初回営業で契約を獲得できることもあるという。

将来的には、わずか一日で顧客が満足する契約を結べる“神かがった営業スキル”をAIが学習することで業務効率化を図れるかもしれない。しかし、オープンハウスがAIやPRA活用で見据えているのは、営業自体の自動化ではなく、営業担当者がストレスなく営業活動をできるようなサポートだ。

事実、オープンハウスでは本稿で紹介した帯替え作業以外に、「宅地の区割り」「物件資料の取得」でもAIやRPAを導入している。とくに後者の資料取得は、外回り中でも社内システムから物件の必要資料をすぐに取得できるように構築したため、仕入れを検討できる物件量が増えたそうだ。

区割りの自動化

物件資料の取得

中川氏は「今後は、営業時に顧客に送るメール作成も自動化したい」と言う。メールの開封率などに応じて、最適解を見つけることが当面の目標だそうだ。

アナログな文化が根付いていた業種だからこそ、AIなどの活用で大幅に業務内容を改善できている。そして、働く人たちのモチベーション向上にも貢献した。いま、オープンハウスは不動産業界に新たな風を巻き起こそうとしているのだ。