「風が吹けば〇〇が儲かる」を探せ。パナソニックが本気で取り組むスマートタウン改善アイデアソン

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企業によるAI活用が進んでいる。プレスリリース配信サービスのPR TIMESでは、AI関連のプレスリリース本数は2014年から2018年にかけて32倍に増加した。

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AIをビジネスに活用する際は、AIで既存の業務を効率化するものと、AIをベースとしたまったく新しい事業を創り出すものがある。しかし、後者は大企業であればあるほど難しい。既存の自社のビジネスと競合せず、かつ自社のビジネスに貢献するであろうアイデアはそう簡単には思いつくものではない。

そんな中、企業のAI活用やデジタルトランスフォーメーションを推進するSTANDARDとパナソニックとが、AIを活用した事業・サービスの開発力を持った学生たちと協力し、パナソニックが構築するスマートタウンに関するアイデア創出プロジェクトを⾏った。

それに伴い、パナソニックが立ち上げた郊外型のスマートタウンで、学生も交えて実地調査が行われた。その実地調査の様子と、アイデアソンの様子を取材した。

「企業×学生」プロジェクト発足の経緯

パナソニックは創業者である松下幸之助の思想から事業を通じて地域活性化に貢献することを掲げており、その考え方のもと、自社の工場跡地でスマートタウンを開発した。今回のアイデアソンのために視察が行われたFujisawa SST(サスティナブルスマートタウン/藤沢市)、Tsunashima SST(同/横浜市)だ。

取材日に現地(Fujisawa SST)に赴くと、かなり大規模な住宅地が整然と並んでいるのが印象的だった。(写真提供:Panasonic)

今回のプロジェクトにおいて、パナソニックの課題感は「スマートタウンの中で取得したデータを十分に活かせていない」ことだった。パナソニックのビジネスソリューション本部 副本部長の岡山秀次氏はこう語る。

――岡山
「Fujisawa SSTでは、住民が入居する段階で許可を取り、各戸の電気使用量などのデータを取得し、その結果を住民の方にフィードバックすることで省エネ等につなげていただいています。

それらを、さらに役立つ住民サービスに活かしたいのですが、僕らでは『どうやって新しいビジネスに繋げるのか?』と考え方にキャップがかかってしまい、なかなか自由なアイデアが出ない。そこで優秀な学生の方々に、我々では思いつかないような革新的なアイデアを出してほしいと思ったんです」

SSTの高齢者住宅では、住民の睡眠管理データなども取得可能だ。実際に睡眠データを取得することで、高齢者の日中の転倒率に睡眠が関わっていることが発見できたという。

――岡山
「今後、たとえば、このデータを活用して介護施設で高齢者の睡眠管理にも注力し、施設の介護スタッフの離職率との関連性も分析してみたい。⾼齢者の睡眠が介護スタッフの離職率と相関があるとは誰も思わない。介護スタッフは高齢者が転倒しないようケアするにのに精神的負担があったかもしれない。こうした負担を解消できれば大きなインパクトになる。こんなふうに、『風が吹けば桶屋が儲かる』を見つけることを学生には期待しています」

そもそも、住民の生活データを取得するのは企業にとってかなりハードルが高い。個人情報を取得するためには、住民の同意のほか、自治体による制限があるケースもあるだろう。

しかし、SSTではすべての住民に入居の際の契約時に各種データを取得する契約を結び、了解を得た上で住民サービスに役立てている。「新しい取り組みやデータ活用に対する受容性の高い」住民とともに取り組むことで、便利な生活への改善を継続的に行うことができる。

「Fujisawa SST」現地視察の様子

実地調査は8月に行われた。Tsunashima SST、柏の葉スマートシティ、Fujisawa SSTの合計3回のうち、Ledge.aiが取材に入ったのはFujisawa SSTの回だ。学生たちはSSTに集合し、まずはこのスマートタウンがどのような施設なのかオリエンテーションを受けたのち、住宅地を視察した。

Fujisawa SSTは郊外型のスマートタウンだ。住宅地を少し歩くだけでも、さまざまな住民サービスが提供されている。

たとえば、こちらの電気自動車は、車のメンテナンス費用やガソリン代が一部自治会費でまかなわれ、利用する住民は乗った分だけ割安な費用を負担する、住民の「シェア自動車」だ。使用頻度や走行距離、誰が乗ったかなどのデータがすべて記録されている。

また、こちらの家庭菜園も同じくデータを取得している。定点観測によって天候や野菜の成長率などのデータを取得していたものの、これまでは十分に活用できていない状態だったという。

ほかにも、信号がない幅の狭い道路を、ショートカットしてしまう人が発生して危険、といったリスクも発見された。

実際の住宅地を見学することで、学生たちもどこを改善できるのか、どのようなイノベーションが起こせるのかアイデアを模索していた。

データネイティブ時代がサービス設計に携わる価値

STANDARDは、包括的に企業のAI推進をサポートする企業だ。企業のAIプロジェクトを担う人材に対してのオンライン研修や、AIエンジニアコミュニティ「HAIT Lab」のAI技術者による企業のPoCや開発プロジェクトの実行支援を行っている。

今回のプロジェクトも、STANDARD企業のAI・データ活用プロジェクトの推進事業の一環だ。パナソニックとSTANDARDがコラボレーションし、HAIT Labに所属する学生エンジニアを選抜。それらの人材に対して機械学習、ディープラーニングやプロジェクトの進め方などの研修を行い、実地調査を行う。そこで発見した課題や得たインスピレーションをもとに、パナソニックのビジネスにつながるようなアイデアを提案するのがプロジェクトのゴールとなる。

企業側のメリットだけでなく、学生がこのようなプロジェクトに関わるメリットはなんだろう。STANDARD COOの安田光希氏はこう語る。

――安田
「AIエンジニアやデータサイエンティストなどのインターンの場合、ほとんどが雑務やデータの前処理、プロジェクトが動き出す前のリサーチといった業務を振られがちです。サービスの上流から携われることは多くありません。こういったプロジェクトは、そもそものアイデア創出の部分から携われるので、学生からも有意義という声が多いです」

また、そもそものサービス設計として「データネイティブ世代」が携わったほうがいいものができるとも語る。

――安田
「今後は、データを渡すメリットとそれによる対価を理解している人が、サービス全体を設計することが重要です。データを企業に渡すことによるプライバシーの課題はもちろんありますが、そのぶんだけPDCAを早く回せますし、開発が早く進む。

それによってさらに便利なサービスを享受することが可能になります。だからこそ『データネイティブ世代』である今の学生たちを巻き込んでいきたいと思っています」

イノベーティブなアイデアをどう生み出すか

企業と学生がコラボレーションし、人材育成と企業の事業創造を同時並行で行うこのプロジェクト。企業は自社では思いつかないアイデアを得ることができ、学生は普段触ることができないデータを存分に活用して、事業づくりに携われる。

一方、企業にとって今後死活問題となる、「イノベーションをどう起こすか」という課題。求めているアイデアを生み出せるのは、学生や若手社会人などの「データネイティブ世代」かもしれない。テクノロジーを起点とした市場動向が激化する中、自社だけで人材リソースや開発スピードが足りない場合には、今回のように外部の力を借りることも必要だろう。

今回のようなプロジェクトが、今後のAIビジネス活用におけるアイディエーションの一般的な手法となることに期待したい。