ディープラーニングでは膨大な計算量が必要となる。可能であれば計算能力の高いGPUを使うことが望ましいだろう。
実際GPUを買うとなると一括で莫大な費用がかかるため、使用した時間に応じて価格を支払うクラウドベースのGPUを用いる人も多い。
一方で、GPUクラウドでも価格はネックだ。いくら計算能力が高くても、予算内で利用できなければ諦めざるを得ない。
日本人が創業した、米国を拠点としたスタートアップPegaraは、GPUクラウドが高額で利用できないという現状を打破するため、ディープラーニングに特化した安価なGPUクラウドサービス 「GPU EATER」 を提供している。
安価なGPUクラウドを提供することでディープラーニングを民主化するというミッションを掲げ、2019年4月1日には、子会社であるペガラジャパン合同会社がディープラーニングの普及に努める日本ディープラーニング協会(JDLA)にも入会した。
今回は、Pegaraの創業者である市原 俊亮氏と中塚 晶仁氏に、GPU EATER開発の理由、Pegaraが目指す世界から、今後のAI技術の展望について語ってもらった。
実用化なんてムリ。AI導入に立ちはだかるコストの壁
――GPU EATERの開発に至るまでの経緯を教えてください。
「Pegaraはもともと、食事の種類や量の分類をディープラーニングで行う研究をしていました。AWSを使う前提で開発していたのですが、開発していた2016年当時、実用化のためにAWSを使うと月約30万円かかる計算になってしまったんです。高すぎる、ぼったくりじゃないかと思いました。
さすがにコストがかかりすぎて実用化が難しいと悩んでいたのですが、何か別の手があるだろうと調べた結果、NVIDIA社のGeForceを使えばもっと安く済むことを見つけました」
「実際、多くの研究所や企業でGeForceは使われていました。しかし2017年末、突如NVIDIA社がEULA(利用規約)を改定し、『ブロックチェーン以外でのGeForceのデータセンター利用を禁止する』と定めたのです。
データセンターを利用したければGeForceの10倍近い価格のTeslaを使うしか選択肢がなく、設備投資やクラウド利用コストが10倍以上の規模となる可能性が出てきた。研究・開発コストが高騰すれば、AIの進化が遅れてしまうと危機感を抱きました。
そこで、なんとかしてより安価なGPUクラウドを提供し、AI技術をコモディティ化したいと思い、開発を始めたのです」
NVIDIAの行動に憤慨し、安価なGPUクラウドの開発を思い立った中塚氏は、AMD社のGPUでもディープラーニングが使用できることを調べ上げた。
その後、わずか2ヶ月半でディープラーニングに特化した安価なGPUクラウド「GPU EATER」をローンチした。GPU EATERとAWSの価格比較は以下に示すとおりで、GPU EATERはAWSより最大80%も安価になっている。
GPUといえばNVIDIA社という風潮が強く、「本当にAMD社のGPUでディープラーニングが可能なのか?」という問い合わせも多々あったというが、AMD社のGPUは2021年までに世界最速になると宣言したスーパーコンピューターFrontierに搭載されるほどの実力を持つ。
GPU EATERは、そんなAMD社のGPUを使った世界初のGPUクラウドとして誕生した。
「GPU EATER」はAI技術のコモディティ化に貢献する
――コモディティ化という言葉を良いニュアンスで使うのは珍しいと思います。AI技術のコモディティ化とはどういうことを指すのでしょう。
「AI技術のコモディティ化とは、暮らしが豊かになることを目指したコモディティ化です。
たとえば、昔は誰もが洗濯板を使って手作業で洗濯物をしていましたが、今は洗濯機を使っている。技術の進歩が生み出した洗濯機は自由な時間をつくり出し、人々の暮らしを豊かにしている。技術には人類を豊かにする側面があります。
兵器や軍事利用などで人間を苦しめる技術もありますが、私たちが目指しているのは、暮らしをよりよくしていくための技術です。
AI技術のコモディティ化が進み誰もが使えるようになれば、暮らしが豊かになるはずです」
Pegaraは今後、GPUクラウドの提供だけでなく、APIの公開も検討しているという。APIもコモディティ化していくというのだ。
「APIも、今あるAWSが提供するサービスなどは高いです。お金が十分な企業であれば使えるでしょうが、スタートアップなどそうでないところもある。
スタートアップがアクセラレーションプログラムなどに採択され最初は安く利用できたとしても、期間が終われば通常価格に戻ってしまう。まだコモディティ化とは程遠いです。
特定の課題を解決することを目指した、実用的に使えるAPIを、実用的に使える価格で提供したいと考えています」
日本では今、AI導入の費用対効果が比較的ハッキリとしている製造業へのAI導入が増加している。
良くも悪くも、他社事例を見てから導入を決めるケースが多いので、AI導入がブームになると普及も早いという。実用的で安価なAPIが公開されれば事例も増え、一気にコモディティ化が進むかもしれない。
日本は日本のやり方で導入を進めればいい
――AI導入の際、日本では他社事例を重視する傾向がありますが、他国ではどのような傾向があるのでしょうか。
「多少は他社事例も見ますが、日本ほど気にしません。こうした技術の受け入れやすさは、文化・背景による違いがあるでしょう。
たとえばアメリカにはフロンティアを称賛するという建国理念があります。日本と比べると、新しい技術を進んで取り込んでいきやすい環境です。
中国の場合は、監視カメラの導入が盛んになる以前、治安が良くなかったという背景があります。現在、中国には大量の監視カメラがあり、AIによる監視社会が始まっている。プライバシーよりもセキュリティを重視したのです。そうすることによって治安が良くなったと言われています。
文化・背景の違いによって人々の感覚も違うので、同列に議論するのは危険だと思います」
――日本ではAI導入が遅々として進んでいないという見方もありますが、日本でAI導入をドラスティックに進めるとしたらどうすべきだと思いますか。
「ドラスティックにやっていくとしたらBtoBでしょう。
日本は今、人口減少という課題を抱えており、雇用をどう増やすかという問題が発生している。世界の中でも特に厳しい状況に立たされています。機械に置き換えられるところは置き換えるという、RPAのような領域がどんどん進んでいくでしょう」
「規制を上手にかけるという手もあると思います。トヨタが世界に誇る自動車メーカーになったのは、トヨタができた当時、日本政府がトヨタを守るために外資を排除したためです。
今はグローバリズムが進みすぎて、各国が自国の産業を守るために反グローバリズムとも言える政策を採っている。トランプ大統領が行なっている対中国の関税引き上げなども反グローバリズムと言えるでしょう。貿易産業は停滞しますが、国内からスタートアップが出やすい状況になります。
変な規制のかけ方をすれば悪い方向にも進み得ますが、うまく規制をかければ国内産業が育つでしょう」
――RPAについては、AI導入までのつなぎという見方もありますが。
「あるでしょうね。インターネットの普及が始まりだしたのが1995年頃だとすれば、まともに普及したと言える状況になったのは2005年です。web2.0という言葉が出てきたのは2004年でした。人々の意識が変遷し、ひとつの世代がネイティブになるには少なくとも10年近くかかります。
AIは2012年に盛り上がり出したので、2021年くらいまではリプレイスの時期でしょう。よりクリエイティブなプロダクトが出てくるのは2022年以降になると思います」
注目されていなかったAMD社のGPUに着目し、安価なGPUクラウドサービスを生み出したPegara。
これまで、コスト面からAI研究、開発、導入を思う存分できなかった企業や研究者の助けになるだろう。APIの公開も楽しみに待ちたい。
参考資料:
NVIDIAが規約変更によりGeForceのデータセンター利用を制限。大学などの研究活動にも大ブレーキ
ITで治安良くした中国 “マイナンバーカード”普及が成功導く
米中貿易摩擦、トランプ支持者の過激な「本音」