概要:AIとの共存時代に、人間が「負けない」能力とはなにか
人工知能(AI)が東京大学の入試問題を突破できるか、という命題に迫った「東ロボプロジェクト」。MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)の一部の学部・学科に合格できるレベルに到達したと話題になり、かつてマスメディアで大きく取り上げられた。
著者の新井紀子氏は、このプロジェクトの発足人であり数学者。本書は、同氏がプロジェクトの研究開発を進めるなかで見えてきた、AIが苦手な領域と、今後人間が今後身につけるべき能力を明らかにしていく。
>>書誌情報
ターゲット読者は?
- AIがどんなものか分からない人、とりわけざっくり理解したい人
- 子供の教育について考えたい人
- AI技術を知る本、というよりAI関連の読み物に近い
1、2章:AI技術の輪郭をわかりやすく紹介
本書は大きく分けて2部構成になっており、1・2章はAI技術の歴史と現在について、3・4章は中高生の読解力の欠如と、AIが共存する未来への展望を述べている。
「東ロボプロジェクト」とは
2011年に開始した人工知能プロジェクトのこと。プロジェクトにかけた思いを、著者はこう綴っている。
そうすれば、AI時代が到来したときに、AIに仕事を奪われないためには人間はどのような能力を持たなければならないのかが自ずと明らかになるからです。
出典:『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 p.20
本書の前半部分では、東ロボプロジェクトの開発・学習エピソードも盛り込まれている。
センター模試や東大入試実戦模試で高得点を獲得した世界史と数学、逆に伸び悩んだ英語の違いとは?いずれも自然言語処理で模試の問題を読み取るのだが、教科ごとのアプローチが異なり、非常に興味深く、ページをめくる手が止まらなかった。
しかし近年の自然言語処理技術分野の発達は目覚ましい。Googleが発表した自然言語処理モデル・BERTの登場などもあり、2020年現在このチャレンジをしたら、結果はまた変わりそうだ。
入門書以上に、なんとなくAI技術を理解できる
1、2章はAI技術の解説が多い。厳密な部分はともかく、下手に「入門」と銘打っている本よりかんたんな言葉が並ぶ。いくつかの入門本を読んでも挫折した、という人も感覚的に理解できるだろう。
1章の「AI進化の歴史」は、第1次AIブームからディープラーニング、強化学習までのAI技術を、以下のようなやさしい言葉で解説している。
- エキスパートシステムは、特定の専門知識を学習させ、専門家のような振る舞いをさせたもの
- (機械学習において)AIがイチゴを認識するために、「これがイチゴだよ」と教えるデータを教師データと呼ぶ
- 目的や目標と制約条件が記述できる課題では、強化学習による最適化がうまくいくことがある
続く2章で述べられているのは、AIが得意なこと・苦手なことだ。たとえば、画像処理の弱点は「画像はピクセルデータの集合体であり、ディープラーニングは各ピクセルの位置・色・輝度を認識し結果を返しているためにすぎない」などと記され、パーセプトロンや隠れ層、といった専門言葉を知らなくても画像認識の概要や苦手分野を理解できる。
3、4章:読解力の大切さをひたすら説く
3章以降は、東ロボ研究から見えてきた中高生の読解力の低さを指摘し、人間がAIに負けない(仕事を奪われない)ための処方箋が提示される。
特に3章は、読解力テストの結果からみえた、中高生の読解力の低さを嘆く話が中心になっている。教科書レベルの読解問題ではあるが、なかにはAI並みに正答率が低い分野もあり、タイトルの「教科書が読めない子どもたち」も、ここからきているのだろう。
4章は、現在ホワイトカラー職に就く人々や企業もAIと共存しないと淘汰される、AIにできない知的労働ができる人は20%にも満たないだろう、という悲観的な将来予測と、その対処法としての読解力向上を主張している。
主題はAIというより読解力
全体を通し、読者の評価が分かれる本なのではと感じた。個人的には、前半部分のAI関連技術のたとえに感心させられた反面、東ロボの学習の裏話など、もう少し技術に寄った話を期待していたので、後半部分は少し残念だった。
本書はあくまで「AIに関する読み物」だ。AI技術を網羅的に知りたい・学びたいのであれば、他の書籍を読むことをおすすめする。この本の続編『AIに負けない子どもを育てる』も、読解力を鍛える方法が主テーマになっており、AIに関する情報はとても少ない。
ただ、読解力が大事、という著者の主張も理解できなくはない。リモートワーク下の業務コミュニケーションは、ビジネスチャットやメールが中心だ。オフィスで顔を突き合わせていた頃と比べ、よりテキスト読解力を求められているように思う。
動画コンテンツも増えてはいるが、消費時間あたりで得られる情報量や、自分にとって必要な情報かどうかを見極めるコストを考えると、ビジネス用途ではテキストに軍配が上がるだろう(言うまでもなく、動画のほうが適したコンテンツもある)。そもそも動画やテキストはアウトプットの手段であり、どちらを見るときも意味を汲み取る力、すなわち読解力は欠かせないといえる。
この本をAIに関する1冊目の本として選ぶなら、本書で技術概要をざっくりと知ったうえで、以下の『深層学習教科書 ディープラーニング G検定(ジェネラリスト) 公式テキスト』など、他の入門書で詳細を補強する、というフローでAI技術を学ぶと良さそうだ。
書誌情報
著者 | 新井 紀子 |
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発売日 | 2018年2月2日 |
出版社 | 東洋経済新報社 |
ISBN | 9784492762394 |
価格 | 1,650円 (税込) |
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