概要:やさしい言葉で、AIの基本に向き合う
AI技術やAI研究、AIプロジェクトへの投資のポイントなど、AIの一般知識をやさしく解説する一冊。「機械学習とはなにか」「AIが感情を持つようになるのは本当か」といったよくある質問に、AI研究者の著者が答えていく一問一答形式になっている。
著者は株式会社TDAI Labの福馬智生氏と加藤浩一氏。TDAI LabはAI活用コンサルティングや受託開発を手掛ける、東京大学発のAI開発ベンチャーだ。福間氏は同社の代表を、加藤氏は顧問を務めている。ふたりともAI研究者であるが、本書内でプログラミング(ハンズオン)や数式は一切登場しない。しかし抽象的な概念に逃げず、基礎理論は伝えるというスタンスだ。
出典:『世界一カンタンで実戦的な文系のための人工知能の教科書』 p.8
明解な解説、かつ一問一答ですっきり本文がまとまっていることもあり、章の数こそ多いがすらすら読める。
>>書誌情報
読者ターゲットは?
AI技術や研究開発動向、ビジネスでの活用法を知りたい非エンジニア
- 1冊目のAI本としておすすめできる
- 1問1答形式のレイアウトは好みが分かれるかもしれない
- データサイエンティストやAIエンジニアといったAIの専門家にとっては、AIになじみがない方への「伝え方」を知れる本
AIの基本知識、研究動向、ビジネス活用についてバランス良く知る
本の構成をざっくり分けるとしたら、第1章〜3章がAIの概要や歴史などの基本知識、第4〜7章がAIテクニックの仕組みやその弱点、第8章がAI研究の動向、第9章〜10章がAIビジネスのポイント、第11章が未来のAI展望、になるだろうか。
第2章 AIの正体
第3章 AIはどのように進化してきたのか?
第4章 AIはどこまで人に近づけるのか?
第5章 AIは間違える
第6章 AIの内部に潜む悪意とは?
第7章 これからのAIはどうなる?
第8章 AI研究の最前線
第9章 AIを使いこなすには?
第10章 AI投資を成功させるには?
第11章 近未来のAIはどうなるか?
1章から7章の内容は他の入門書でも補完できるかもしれないが、本書は刊行から日が浅いこともあって、引用元の情報や紹介事例が新しい。「いまのAI」を知るには最適だ。
AIのビジネス活用を考えている人には、9章以降で紹介される、AIの差別化ポイントが役に立つと思う。たとえば9章では、AI開発プロジェクトの要素を「アルゴリズム」「データサイエンティスト、AIエンジニア」「独自データ」「ユーザー」「計算リソース」に分解し、ビジネスではどの分野をいかに差別化すべきか、のヒントが書かれている。
スピード感あるAI研究が実現するワケ
個人的に興味深かったのは、AI研究の最前線に触れた8章だ。
AI研究の成果は論文、プログラムともにオープンにされることが多いので、そのため利用者が増えて再現性も高く、新しいアイデアも生まれやすいという。その一方で、研究成果や論文の質を見極める人が少ないという問題もある。
まず、公開される論文の数に対して、査読する人(査読者、正先端の研究に精通した人)の数が足りない。そのため査読を依頼しても、論文テーマと査読者が適合しないことが多く、いい査読者に当たるかどうかは運任せの「査読ガチャ」状態になっているというのだ。
そのため、研究者はarXiv(アーカイヴ)をはじめとした論文投稿サイトに論文を公開し、その後ほかの研究者から意見を聞き、修正版を作成、最終版が仕上がったら学会で発表する、というサイクルを繰り返すという。だが、arXivでは査読を受けずに論文を公開でき、かつ相当に問題がない場合、排除されることはない。そのため、論文の質が玉石混交になっている。
arXivは米コーネル大学が運営している
こうしたAI研究の課題に触れ、実用の視点から情報収集・発信することが多い自分は刺激を受けた。著者も本文で「AI研究者の増加により、特にディープラーニング分野で既存手法の組み合わせによる容易に思いつきそうなアイデアは、おおむね達成された」と述べており、現代のAI技術≒ディープラーニングという認識の危うさや、基礎研究の必要性を改めて考えさせられた。
一問一答形式ならではの難点もある
2020年現在、AI初学者向けの入門書として自信を持っておすすめしたい。この本のように、必要な理論をあえて正面から、ていねいに説明していくアプローチの技術書が増えていけば、数式アレルギーを持つ人も「正しく」技術を知ることができるだろう。
あえて気になる点を挙げるなら、一問一答形式の本文構成だろうか。この本の小見出しは質問形式になっており「AIが考える合理的とはなにか?」「AIが人を差別するって本当?」というような目を引く質問をたくさん見つけられる反面、実際に目次から気になる質問のページを直接開くと、用語レベルが高くて内容がわからない……いうことがある。AI初学者なら、1章から順に読むことをすすめたい。
あわせて、AI関連用語の整理には向かないのでは、という印象も受けた。たとえば「AIが書いた文章に知性を感じる」のはなぜか?という問いへの回答で、哲学者サールの思考実験「中国語の部屋」が挙げられている。しかし、中国語の部屋が提唱された背景として、チューリングテストという思考実験があり、ELIZA(イライザ)という人工無能が生まれ……というような流れを補完することはできない。
そのため、用語整理は教科書的な入門書に委ねるのが良さそうである。
ビジネスの武器としてAIを使うために
AI研究発展の仕組みを見て、IT業界にある、個人や企業の知見をオープンにしていき、業界全体に還元する動きを連想した。知見をオープンにするのは難しい業界もあるとは思うが、本書を通じてこうした流れを知る人が増え、AIによって「(さまざまな)業界全体を盛り上げる」動きが広がればいいなあ、ということを考えた。
新型コロナウイルスの影響を受け、まさに今、多くの業界で変化を求められている。本の表紙に並ぶ文字「Artificial Intelligence as a Business Weapon」にもあるように、ビジネスの武器として適切にAIを使うことで、各業界、ひいては社会全体にとって良い変化が促されるはずだ。
この本も、技術のバックグラウンドがない「AI担当者」にとって心強い武器になるだろう。
書誌情報
著者 | 福馬 智生/加藤 浩一 |
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発売日 | 2020年4月1日 |
出版社 | ソシム |
ISBN | 9784802612470 |
価格 | 1,650円(本体1,500円+税) |
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