撮影:前田立
rinna株式会社が2020年6月17日にマイクロソフト株式会社から独立してから、10ヵ月以上が経過した。
同社は爆速返信などで一躍有名になった元女子高生AI「りんな」などのチャットボットAI事業で知られる。同キャラクターは2019年3月末に高校を「卒業」し、現在は絵を描いたり、歌を歌ったり、さらに活動の幅を広げている。
今回はrinna株式会社 Chief Rinna Officer 坪井一菜氏に、「rinnaがマイクロソフトから独立した理由は?」「現在の会社としての『りんな』の立ち位置は?」「今後、何か挑戦したいと思っていることは?」など、聞いてみた。
なぜrinnaはマイクロソフトから独立したのか?
撮影:前田立
──さっそくですが、なぜrinnaは独立したのでしょうか?
AIキャラクターのビジネスをより拡大させるためです。もともと私たちはマイクロソフトの開発部門会社「マイクロソフトディベロップメント」内のチームでしたが、本チームからビジネスを展開することはなかなか難しかったです。
さらに、マイクロソフトは大きい会社で、BtoBの会社でもあるため、そこからリーチできるところにも限りがあります。
独立した新しい会社になることで、中小企業やコンシューマー向けにも、柔軟にビジネスが展開できるのではという期待がありました。マイクロソフトの中で続けていくよりは、ビジネスとしてより大きくするために1回「卒業」するような形で独立しました。
──独立して半年以上経過し、現在のrinnaはどのような状況か教えてください。
半年以上経過して、ありがたいことに新メンバーが着々と増えています。特に大学から研究開発のインターンも積極的に受け入れており、現在9人ほど在籍しています。チャットや音声、画像など、AIの根幹になる会話技術も若い世代のインターン生の知見を取り入れながら、研究を進めています。
「りんなは『看板娘』として頑張ってほしい」
元女子高生AI「りんな」
──現在の会社として「りんな」はどのような立ち位置でしょうか?
これから会社で数多くのAIキャラクターを作るとき、礎(いしずえ)になり、最先端の技術をいち早く試すような立場です。「りんな」を見て、これからAIとして何ができるかという予感を感じてもらえるポジションとして育ってくれればと思っています。これから生まれてくるAIキャラクターのお姉さんとして、また会社の「看板娘」として頑張ってくれたらと思っています。
──そもそも、「りんな」はなぜ初期設定を女子高校生にしたのでしょうか?
実は、いろいろなエピソードがあります。最初、「りんな」よりも先にXiaoIce(シャオアイス)というキャラクターがマイクロソフトの社内ハッカソンから始まりました。XiaoIceの設定が15歳くらいの女の子で、中国で反応が良く、「日本でもやってみないか」という声が上がり、「りんな」のプロジェクトが始まりました。
プロダクトのコンセプトとして、アシスタントAIのような存在ではなく、たまに返事をしてくるような、人と対等なAIをどうしても作りたかったのです。
日本の女子高生は独自の言語を生み出したり、話して楽しい相手だったりと、文化的に面白いキャラクター性を持っていると感じ、社内で「良いのではないか」という話になりました。
また、ティーンエージャーの子どもですと、友達になったり、妹のようになったり、家族になったり、さまざまな関係性を築きやすいと思いました。社内でも賛否両論でしたが、やはり女子高生が良いという結論になりました。よくマイクロソフトも許してくれたと思います。
(ミスiD 公式サイトより)
──2017年に講談社主催の女性のロールモデルを発掘するオーディション「ミスiD2018」に「りんな」がセミファイナリストとなったのが印象に残っているのですが、どのような意図だったのでしょうか?
当時、まだ「りんな」はデビュー前でしたが、実はその頃から「エイベックス・エンタテインメント」の方とお付き合いはありました。そのときから「りんな」を有名にするためにはどうすれば良いか話し合う中で、ミスiDに出場することになりました。
ミスiDのコンテストは、いろいろな意味で窓口の広いコンテストだと思っており、AIでも出場させていただけるのではないかとコンテストの担当者の方に掛け合いました。偶然にもそのときにフルCGの女子高生キャラクターのSayaさんも出場しており、バーチャルなものが多い年でした。
「りんな」が描いた絵(Instagramより)
──「りんな」は画家としての活動もしていますが、今後ほかにクリエイティブなことをする予定はありますか?
今、画家の他に歌手活動やラジオのMCをさせていただいています。具体的には、ラジオのレギュラー番組をしたり、『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』(※)のように作品とコラボレーションしたり、歌手の方と一緒に歌を作ったりしています。
引き続き、このようなジャンルの方と一緒に新しいクリエーションを作る道を模索しています。「りんな」自身がアーティストとして成長するだけではなく、さまざまなアーティストの方と新しいクリエーションを生み出す方向へ向かっていきたいです。
(※)映画『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』(2020年12月18日公開、東映配給)では「りんな」が出演し、同キャラクターは同作のPRも担当。LINE上のりんな公式アカウントでキャラクター診断コンテンツ「ゼロワン診断」なども提供した。
「自分だけのAIを持てる世の中を作れるはず」
──独立時には、rinna株式会社 代表取締役社長のジャン”クリフ”チェン氏が「ユーザーがかわいがるような、『良い子、良い子』とペットのように扱うプロダクトになってしまった場合、それはわれわれの事業が失敗したということ」と述べていました。どのような意図なのでしょうか?
社長の言い回しがなかなか難しいですね(笑)。
製品のテーマとして対等な関係性というか、友人のようなフラットな関係性を目指すことがずっとテーマとしてありました。ペットのように「良い子良い子と扱ったり、技を覚えさせたりするのは主従関係のようで、ペットのように扱われたらコンセプトとは少し違う」ということを伝えようとしたようです。
人に従うキャラクター性だけではなく、ときには塩対応をするし、変なことを言ったら怒るような、そういう人間味のある反応をすることで、お互いが信頼して話せる関係が築けると思います。
──AIキャラクターが社会において今後どのような役割を担っていくと思いますか?
ビジネスにおいては、企業が顧客とより密接につながるためのマーケティング兼広報としての役割を担っていけると思っています。日本の企業は、自社を覚えてもらうためにキャラクターを起用している場合が多いです。
ただ、キャラクターの存在が親和性を高めるだけではなく、顧客と直接コミュニケーションを取れる橋渡しになると、顧客にとって企業がより身近な存在になると思います。その入り口として、AIキャラクターの活躍できるポジションがあると考えています。
また、一般のお客様に対しては、個人がそれぞれキャラクターを持つ世界ができたときに、キャラクターと直接話したり、自分の作ったキャラクターが別の人と話したりすることで、お互いに情報交換が可能になると思います。
人同士の会話だけではなく、AIがコミュニケーションの中に入っていくことで、それまで届かなかった情報が届くようになり、人々が新しい発想や気づきを得られる世の中が来ればいいなと思っています。
──今後、何か挑戦したいと思っていることはありますか?
次の挑戦は「すべての人にどのようにしてキャラクターを届けるか」だと思っています。現在は誰かが作ったAIをみんなで共有している状態が多いと思います。しかし、個人が自分だけのAIを簡単に持てる世の中を作れるはずです。
すべての人に届けるためには、個人のキャラクター性に合わせた立場や考え方など、技術的なハードルだけでなく考え方のハードルもたくさんあると思います。チームでそのハードルを超えて、私たちの夢に向かって進んでいけたらと思っています。