GAFAによるビッグデータの収集・蓄積は、とどまるところを知りません。
大和総研の調査によると、GAFAの市場シェアは以下の通り。各々の領域でダントツのトップを誇り、データの蓄積量も膨大です。
- Googleの検索エンジン市場の世界シェア95.9%
- Appleのウェアラブルデバイス市場の世界シェア25.4%
- FacebookのSNS市場の世界シェア66.8%
- AmazonはEC市場(BtoC)において米国で33.0%、イギリスで26.5%、フランスで10.7%、ドイツで 40.8%、日本で20.2%
しかし、大量のデータを持つ企業はGAFAだけではありません。
ERPで有名な「SAP」に、“ERPだけ”の会社というイメージを持つ方も多いもしれません。しかし今、蓄積した「ヒト・モノ・カネ」のデータを武器に、AIを中心に据えた企業へと変貌を遂げています。
今回は、SAPのエバンジェリストである松舘 学氏に取材し、SAPが持つ「ヒト・モノ・カネ」のデータ活用法を語ってもらいました。
SAPにおけるテクノロジーエバンジェリスト、ディベロッパーアドボケイトとして、SAP LeonardoやSAP HANAの技術的な情報をユーザーやディベロッパーにセミナーやメディアを通じて届ける。外資系BIソフトウェアベンダーを経て、SAP サービス部門のコンサルタントとして複数のSAP情報系、そして黎明期のSAP HANA導入プロジェクトに関わった。
計算室からインターネットの普及を経て、インテリジェント技術を軸に事業を再構築
――お恥ずかしながらERPのSAPがAIを活用するイメージが湧かないのですが、AIに取り組むまでにどのような変遷を経てきたのでしょうか?
「それにはまず、当社の歴史からお話させてください。
SAPは1972年にドイツで創業し、最初は会計システムから始まりました。当時は今のIT部門が計算室と呼ばれ、決算書を出すための計算などが一般的な業務。
その後90年代になり、クライアントサーバーやインターネットが出始めた頃に一躍有名になったのがR3というERP。ウィンドウズNTサーバーなどのオープンシステムで動くものでした」
1972年創業と、もうすぐ50周年を迎える超老舗のSAP。歴史を聞いているだけでも近代史のようで壮大です。
その後、世界はインターネットの普及を経て、クラウド・モバイル・ビッグデータの時代へと移ります。SAPの会計システムはどのようにして今のERPへ姿を変えたのか。
調査会社のガートナーが提唱するITシステムの分類に、モード1・モード2というものがあります。
- モード1=企業の屋台骨を支える「守り」のシステム
- モード2=他社との差別化を図る「攻め」のシステム
これまでERPはモード1と分類され、いわゆる「守り」のシステムでした。しかし、AI技術やブロックチェーンなどの要素技術の発達により、システムに「攻め」の技術を取り入れることが可能に。
SAPではこの「守り」と「攻め」の両方の技術を「インテリジェントエンタープライズ」と呼び、コア概念として定義。AI・IoT・データサイエンスなどのテクノロジーを軸に事業を再構築したんだとか。
「ERPの基本的な考え方として、企業活動における『ヒト・モノ・カネ』の数値情報をコンピューター上に再現し、分析や意思決定をサポートするというものがあります。
これまでは、あくまで意思決定をおこなうのは人間でした。しかし、近年AIが流行しつつあり、これまで人間が判断していたこともAIに任せるようにSAPのERPも姿を変えつつあります」
技術起点で事業を再構築し、ERP企業から一気にテクノロジー中心の企業へ。もともとデータを保有していた優位性もあるとはいえ、日本企業も参考になる点はありそうです。
強みは圧倒的なビジネスデータ。請求書自動消込の精度は98%
――AIに取り組む上で、SAPは他企業とどのように差別化しているのでしょうか?
「たとえばGoogleは検索履歴、Facebookは人とのつながりのデータというように、彼らが持つのはBtoCのデータが多い。
一方、SAPは企業活動の根幹であるヒト・モノ・カネの数値情報を抑えていること。これは他企業と比較したときの大きな強みになっています」
世界中のビジネスにおける取引の、実に77%がSAPのERPを介して発生しているといいます。世界の約8割の取引データがSAPの顧客のERPに眠っているというのは、凄まじいものがあります。
SAPがAIで注力する領域は以下の3つ。ERP内での活用を中心として、広範囲にAI技術が適用されています。
- Intelligent Application(ERP内での活用)
- Machine Learning & Data Science Platform(データサイエンスプラットフォームやAPI提供)
- Conversational Experience(対話型AIソリューション)
「たとえばIntelligent Application領域では、SAPのERPに埋め込む形でAIを活用しています。従来では経理の方が呪文のように複雑なトランザクションコードをERPに入力し、売掛金や請求書などの処理をしていましたが、その作業を効率化します」
たとえば、経理業務のひとつに入金消込の処理がありますが、売掛金担当者がやることを細かく分けると以下のようになります。
- 銀行取引明細書の金額確認
- 支払請求書の金額を確認
- 突合
- 消込
これを人手でやるのは大きな手間ですが、SAPのERPでは、AIがバックグラウンドでこれらの業務を処理。担当者の負担を減らします。
出典:SAP資料
「国際取引の場合、円建てなのにユーロだったりドルで振り込まれると面倒ですよね。請求書が3枚あるのに、合計金額を一回で振り込まれるのも、請求書との照らし合わせに手間取ります。
AIであればそういったイレギュラーも含め、まとめて処理できるので効率的です」
請求書と振込金額を照らし合わせ、合致している確度が高ければ自動で消込し、精度は95%〜98%。十分実用に足る精度です。
経理業務の自動化が進めば、経理担当者は、経営層の高度な意思決定サポートのための情報提供、施策の立案といったクリエイティブな業務に取り組めます。
ERP内のAI活用は、ユーザーにとってはかなり魅力的。同時に、既存のルーティン的な業務はますますリプレイスされていく危機感を感じずにはいられません。
「PoC貧乏」ならないために。デザインシンキングを通してAIを社会に組み込む
――SAPとして、今後は何に注力していくのでしょうか?
「最近ではなんとなくAIを導入してみたいので『とりあえずPoC』という顧客もいらっしゃいます。結果、PoCを繰り返して『PoC貧乏』になってしまう。
SAPはデザインシンキングの啓発にも力を入れていますが、これはAI導入の際も非常に有用な考え方です。デザインシンキングの啓発には今後も注力していきます」
デザインシンキングとは、デザイナーの思考法を取り入れた、ビジネス課題を解決するための思考法です。SAPでは全社でデザインシンキングを取り入れており、外部にレクチャーも行っているそう。
「また、デザインシンキングに根ざしたスタートアップのインキュベーション施設も三菱地所と共同でオープン予定です。スタートアップとの取り組みは今後も積極的に行っていきたいですね」
非常に興味深い、デザインシンキングに根ざしたインキュベーション施設。こちらは今後も取材していきます。
今回の取材で認識したのは、SAPの「ヒト・モノ・カネ」のデータ蓄積量は膨大ということ。AIを活用することで、ERPの自動化だけでなくより広範囲に活用ができます。
そしてそれを可能にする、時代に合わせて企業の軸を変えていける企業文化。デザインシンキングを全社で取り入れていることからも、イノベーティブな文化があることが分かります。
2018年11月にはフランスのRPAベンダーを買収するなど、ERPとRPAの連携にも注力し始めているSAP。膨大なビジネスデータでどのようなイノベーションを起こすのか、今後も注目していきます。これからAIを始めようとしている方も、まずは自社のデータをどのように活かせるのか、考えてみてはいかがでしょうか。