機械学習で「地動説」は生まれない。天才少年が「AIは存在しない」と主張する理由

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「機械学習を誰でもアクセスできるようにしたい。そのために世界中をこうして講演して回っています」

その少年は、若干15歳とは思えない口ぶりで聴衆に語り始めた。

インド生まれの天才少年タンメイ・バクシ。5歳からコードを書くようになり、9歳でiOSの時刻表アプリを開発。プログラミングに取り憑かれた。

そのときの経験をもとにプログラミング言語「Swift」についての本も出版。YouTubeチャンネル「Tanmay Teaches」を立ち上げ、アプリ開発、数学から科学に至るまでの情報を発信し、現在はIBMチャンピオン(IBMのソリューションやソフトウェアに対し、年間を通してそのテクニカル・コミュニティーに優れた貢献をしてきた支持者)として世界中を飛び回る生活を送る。

「将来は10万人がプログラミングを学べるように助けたい」と語る少年が、2019年3月14日、15日にかけて開催されたビジネスカンファレンス「Sansan Innovation Project」に登壇した。

人間が機械に指示するには、コミュニケーションが必要

プログラミングに没頭したタンメイが、機械学習に取り憑かれるようになったのは、IBM Watson(IBMが開発した自然言語を理解、学習する質問応答・意思決定支援システム)がアメリカのクイズ番組「ジョパディ!」で、人間に勝利したドキュメンタリーを見たことがきっかけだ。

――タンメイ
「それまでは、『コードは書いてもすぐに陳腐化してしまう』『コードは固定化されたもので、複雑な命令に対応することは難しい』と思っていました」

Watsonに魅了されたタンメイは、すぐにWatsonのチュートリアルをまとめた動画をYouTubeにアップし、アプリケーション「Ask Tanmei」を2016年に作った。これは単なる検索エンジンではなく、ドキュメントの中身を理解し答えを返す、ワトソンの自然言語処理機能を使ったアプリだ。

――タンメイ
「マーク・アンドリーセン(Netscape創業者)は、『人間には将来的に2つの仕事が残されている。コンピューターが人間に指示する仕事と、人間がコンピューターに指示する仕事だ』と語りました。

でも、人間がコンピューターに指示するには、コンピューターとコミュニケーションが取れることが前提です。それをみんなができるようにしたいんです」

人間はイノベーションによって進歩してきた

機械学習は、AmazonやNetflixに見られるレコメンデーション機能や、自動運転車に至るまで、我々の身近なサービスからスケールの大きなものにも浸透しつつある。

タンメイは、機械学習がここまで発展した背景には「人間がこれまで起こし続けてきたイノベーションがある」と話す。

1925年以降、世界の総生産は指数関数的に増大した。それはひとえに、人間がイノベーションによって新しい発見を生み続けてきたからだという。過去30年間の世界の総生産は、人類がそれまで100万年に渡り積み上げてきた生産量を超えてしまった。

なかでもインターネットの登場は大きい。インターネットによって、人間は何かを生産する際に物理的な制約から解放され、人間が持つすべての知識を使うことが可能になった。

タンメイは、なぜイノベーションが必要なのかを考えることが重要と語る。

――タンメイ
「約180万年前にホモ・エレクトスが話し言葉を生み出したと言われており、その後ずいぶん経過してホモ・サピエンスが書き言葉を生み出しました。

その後さらに数千年経って、人類は電話を発明し、数10年でスマートフォンという手のひらサイズのデバイスに、電話以上の機能を詰め込んで使えるようにしてしまった。そして、スマートフォンが生まれてわずか4年で、今度はパーソナルアシスタントが生まれました」

とくに近年のコミュニケーションに使われるツールの進化は、人類が文字を生み出したころと比べてごく短い、ほんの数年で起こっている。この変化は、人間の変化を嫌うという習性を考慮すると簡単ではないという。

文字が生まれたころ、ソクラテスは「人間が文字を覚えれば、知識を文字に頼るようになり、頭が悪くなる」と語ったという。しかし、タンメイは、「文字の誕生という変化が生まれなければ、今日までのイノベーションは起こらなかった」と語る。

――タンメイ
「人間は遺伝子レベルで変化を嫌い、パターン化されたものが好きな傾向にあります。機械学習についても、恐れるのではなく、基本的なレベルまで理解することが重要です。機械学習がやっていることは、じつは驚くほど単純ですから」

「AIは悪魔」と語る人は機械学習という言葉を使わない

コンピューターができることは人間に比べると限定的だが、その限られた場所では人間を超える力を発揮する。たとえば計算処理がそれに当たる。

タンメイは、機械学習の中核は計算だという。大量の情報を計算し、最適解を導き出す。では、人間の得意分野とは何か。

――タンメイ
「人間が得意なのは、自然言語を理解することです。動物ともコンピューターとも違い、我々は複雑な自然言語をいとも簡単に理解します。ビジュアルデータを理解するのにも長けている。オーディオデータなど、音も瞬時に聞いて、パターン化して理解できます。まるで魔法のように」

コンピューターはこれまで、犬と猫も識別できなかった。非構造化データを認識できるように設計されていなかったからだ。タンメイは、機械学習は「人間にしかできなかった非構造化データの認識を可能にする」と語る。そして、それをどう呼ぶべきかも。

――タンメイ
「そして、このどんな人間よりも複雑で大量な計算をこなすコンピューターをなんと呼ぶべきか? という議論があります。なぜ私がAIという言葉を使わず、機械学習と呼ぶのか?そもそもAIとは何か?これは根本的な問いです」

AIには、人間のクリエイティビティをコンピューターで再現するというニュアンスがある、とタンメイは指摘する。しかし、残念ながら今の技術では不可能だ。

タンメイはデモとして、ERIKAというロボットが話す動画を流した。ERIKAは、一見感情的に話しているように見えるが、実は人間が書いたセリフをそのまま話しているだけだ。

つまり、人間のクリエイティビティを再現しようとする試みであるAIと、人間よりも圧倒的に正確かつ高速に計算をこなし、結果として認識機能を持つに至った機械学習は、概念として別物である。「コンピューターには人間のクリエイティビティやイマジネーションがない」とタンメイは話す。

――タンメイ
「400年前、宇宙は地球を中心として回っているという『天動説』が常識とされていました。しかし、その後世界は太陽を中心として回っているという『地動説』が生まれた。

もちろん、コンピューターで天動説は間違いだ、と指摘することは可能でしょう。しかし、人間のクリエイティビティの結晶である地動説というアイディアを出すことは、コンピューターを使っていくら機械学習したところで不可能です」

――タンメイ
「スティーブン・ホーキング氏、イーロン・マスク氏などが『AIは悪魔だ』と、AIの発展に警鐘を鳴らしています。しかし、彼らは機械学習という言葉を使いません。人間のクリエイティビティを再現できない以上、AIは存在しないんです」

タンメイが携わった、モーツァルトの音楽を機械学習で再現するプロジェクト「プロジェクト モーツァルト」では、コンピューターはパターンを理解して音楽を生成するのに成功はしたが、傑作とは程遠かったという。

この経験からタンメイは、AIを「Artificial Intelligence」ではなく、人間の知性を拡張する「Augmented Intelligence」すなわち「拡張知能」と呼ぶべきだ、と語った。

「実践」されているイノベーションの具体例

――タンメイ
「想像してみてください。周りに人がいるのにまったく動けない、孤立した状況です。人間は周りと会話したいという欲求があります。それを阻害されると、人間はメンタルを大きく損ないます」

タンメイが取り組む「Project Cognitive」は、生まれながらにコミュニケーションが取れない人が、人工的にコミュニケーションを取れるようにするプロジェクトだ。

レット症候群を患う「ブー」という名の女性がいる。レット症候群とは、神経系の病気で、発症すると発話が著しく困難となる。周囲の状況は認知できるにもかかわらず反応を返せない、タンメイが言う「まったく孤立した状況」となる。

そこでタンメイのチームは、彼女の母親に頼った。唯一母親だけがブーの身振りなどから、彼女の言わんとすることを理解できたからだ。タンメイのチームは、母親の「通訳」をもとに、ブーの身振りなどから教師データを作成し、データを集め、彼女の「言葉」を翻訳できるようにした。

興味深いプロジェクトはまだある。

たとえば「認証」の方法は、古くはパスワード、近年では指紋認証、顔認証、虹彩認証など、さまざまな方式が開発されてきた。だが、これらの認証方法には脆弱性があった。

――タンメイ
「生体認証は昔から使われていました。たとえば指紋認証は偽証されやすく、なりすましがしやすい。加えて、すべての指紋認証に通るマスターキーも開発されてしまったことから、セキュリティ的に安全とは言えません。

顔認証は一卵性双生児に弱く、写真やビデオでも騙せてしまいます。虹彩認証もすばらしいですが、目でカメラを見なければいけないことから、これもセキュリティ的に頑強とは言えません」

こうした課題があるなか、タンメイのチームが開発したのが「Heart ID(心音認証)」だ。遺伝や環境などの要因により、心音はひとりひとりにユニークな情報だ。また、シンプルなハードウェアで取り回しが可能なことも開発に至った決め手だったという。

タンメイは、心音をディープラーニングで学習させ、認証システムをトレーニングした。これによって、新規登録からこれまでの心音データと照らし合わせ、同じパターンかどうかを確認する。

デモでは、レオンとアレックスという2人の人物の心音を識別できるかが試された。最初にレオンの心音をシステムに登録し、レオンを認証できるか試し、これは成功した。次に、登録されていないアレックスの心音を認証できるか試したところ、「この人物はレオンではありません」と表示された。つまり、コンピューターが2人の人物の違いを、心音を聴くことによって識別することに成功したのだ。

タンメイは語る。

――タンメイ
「これらは私が取り組んでいるプロジェクトの、ほんの一部であると同時に、具体的に『実践』されているイノベーションの例でもあります。

人間は地球上で最初にイノベーションを起こした存在ではありませんが、『イノベーションとは何か』を再定義しました。イノベーションがより良く、大きく、速くなっていくことを信じています」

編集後記

タンメイは、最後まで天才と呼ぶにふさわしい態度でプレゼンを終えた。

Sansanが彼を基調講演に呼んだのは、Sansan Innovation Projectの「あらゆる分野の専門家、最前線で活躍するプレイヤーを招き、組織を次のステージへと導くためのさまざまな 『Innovation』について紹介する」というコンセプトに、もっともふさわしい人物のひとりだったのではと思う。

彼が、まるで少年が好きなテレビゲームについて目をキラキラさせて話すように機械学習プロジェクトの話をしているのを見て、イノベーションは、とにかく何よりも、人間の好奇心から始まるのだ、と強く感じた。

イベント会場には、企業間の名刺交換によって発生する「つながり」をビジュアライズするアートワークも展示されていた。

時間経過とともに、紫やピンクといった色に変化する。近づいてみると「この業界とこの業界がつながった」量が可視化され、線の色と動きで表現される。

ビジュアライゼーションの制作・分析においては、Eightのデータ上の個人を匿名化し、Eightの利用規約で許諾を得ている範囲で使用したという。アートワークでは個人名や特定の会社名は表示されない。

イノベーションが好奇心によって起こるのであれば、こうしたイベントに参加してみて、積極的に自分の所属する以外の業界とつながってみるのもいいかもしれない。

そうすることで自分が閉じこもっていた箱の外に好奇心が湧き、新たなイノベーションが生まれるかもしれないのだ。

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