昨今、注目を浴びている予防医療。その背景には、医療費を含む社会保障費の確保が困難という課題があります。
その課題を解決するべく開発されたのが、生活習慣病リスク予測AI。ヘルスケアデータとビッグデータ解析技術を融合させた疾病予測AIは、今後の社会にどのような影響をもたらすのか。開発元であるSOMPOホールディングスグループと東芝グループの両社に、開発の経緯から今後の展望までを聞きました。
予防医療が健康問題による生産性低下を防ぐ
従業員の健康問題による影響は、企業にとって深刻です。病欠や健康問題などは、労働生産性の低下につながり、企業の負担になります。
- 健康リスクの高い従業員ほど、労働生産性損失は増加
- 体調不良などに伴う従業員1人当たりの労働生産性損失は、年間 76.6万円
という研究結果を明らかにしています。
実際、従業員の健康作りによる組織活性化や生産性向上につなげる「健康経営」に取り組む企業が増えています。このような背景から、生活習慣病リスク予測AIの開発に至ったSOMPOホールディングスグループと東芝グループ。それぞれどのような思いで開発を決めたのでしょうか。
開発元両社の強みを生かし、病気にかかる前にサービスを提供
SOMPOホールディングス株式会社の有田 芳子氏(デジタル戦略部)は、ヘルスケアサービスについてのノウハウとデジタルを掛け合わせ、病気にかかる前からサービスを提供できないか?と日々感じていたと言います。
「健康経営や予防医療が注目されるなか、事業経営、健康保険組合、ユーザーにとって疾病予測は確実に必要なります。今後の事業展開の基礎となるだろうと考えていました。
また、SOMPOヘルスサポート社では、特定保健指導対象者の参加意欲を高め、指導効果につなげるための方策について、日々検討しています。体の状態や将来かかりやすい病気を可視化することが、参加意欲の向上につながると思い開発に着手しました」
――自社開発ではなく、共同開発を選んだのはなぜでしょうか?
「東芝は大学の研究室とのパイプを持っているため、普段SOMPOホールディングスでは扱えない研究データを保有されていました。加えて、従来から東芝が保持するビッグデータ解析技術が活用できることも決め手でした」
「私たちはもともと産業用途のAIに強みを持っています。たとえば、工場で稼働している機器の故障を予測する技術です。これは、『時系列分析』を行うことで、時間と共に変動する現象を捉えて、機器の故障を予測します。
人間が病気になる過程を時系列分析することで、病気の発症予測にも活かせるのではないかと思ったのが、提携のきっかけですね」
生活習慣病リスク予測AIを開発する上で、お互いの足りない部分を補う形で提携に至った両社。今後は、病気の発症確率まで予測することで、財政圧縮が進む健康保険組合が必要とする予算まで予測可能だといいます。
医療×AIのデータは量より質
――生活習慣病リスク予測AIの開発には、どのようなデータが必要だったのでしょうか?
「健診データや定期健康診断後の通院で受けた治療や投薬のデータです。医療分野のAI開発では、データの連続性が重要です。
日本では国が企業に定期健康診断を義務付け、従業員は毎年健康診断を受けるためデータに明確な連続性があります。時系列で見た場合、患者の変化が一番わかりやすいです」
――ウェアラブルデバイスからのデータなどは必要ないのでしょうか。健診データより正確なデータが取得できるのではないでしょうか?
「ウェアラブルデバイスを使う人は、既に健康への意識があり、行動変容ができている人。行動を変えた人に続けてもらうためのツールとしては有用と思うが、健康への意識が低い人に使い続けてもらうのは難しいと感じている」
医療AIの開発には、データの連続性に加えて、データの質も重要なポイントだそう。
「医療・ヘルスケア用途のAIに必要なのは、ビッグデータではなくクオリティーデータです。産業用途のAIとは違い、医療・ヘルスケア用途のAI開発では膨大なデータをそのまま解析させてもなかなか精度は出ません。データクレンジングや、医学的知見を取り入れる必要があります。
工場の中で得られるデータから機器の故障を予測するのとは違い、人間に関わる情報は日々変動する生体情報に加え、食生活や生活習慣の変化といった環境因子が関わってくるため、予測の結果にズレが生じるのです。
そのため、予測過程のどこが原因で結果がずれているのか、原因を可視化する必要がありました。ここが産業用途のAIとの違いであり、開発の上で苦労したことです」
日本だから実現した高精度の生活習慣病リスク予測AI
――海外ではVerily Life Sciences社とGoogleの心血管疾患リスク予測AIなどが有名ですが、AI医療における海外と日本の違いはなんでしょうか?
「アメリカでは自由診療型が主流です。自由診療型では、患者がいかに医療費を抑えるかという視点を持つので、必然的に民間のサービスとしてのヘルスケアが進んでいるという印象です。
そのため、海外の事例を健康保険や医療法が整備されている日本に持ち込むとフィットしません。制度や法律が整っている点が、海外との違いであり、医療・ヘルスケア用途のAI活用に遅れが生じている原因の一つではないかと思います」
しかし、アルゴリズムの観点では日本は優位。というのも、日本のように毎年健診を真面目に受ける国はほとんどないからです。そのため、海外には日本ほど継続的で質の高い健診データが存在しないと、井上氏は言います。
――今後、生活習慣病予測AIを、ほかの疾病にも適用することは可能なのでしょうか?
「生活習慣病リスク予測AIで防げる病気もあります。
たとえば認知症。生活習慣病リスク予測AIで糖尿病を防ぐことで、認知症予防にも効果があると言われています。認知症にはさまざまな要因がありますが、そのうちの2割は糖尿病が原因とも言われています」
――生活習慣病リスク予測AIは、今後社会にどのような影響を与えるのでしょうか?
「技術を自社内だけに留めるのではなく、他企業が持つ技術と組み合わせることで、業界の垣根を超えたオープンイノベーションの加速が起きればいいと感じています。
その動きが、国民の健康や生活に寄与できる新たな事業にもつながっていくのだと思います」