本企画「実践DX」では、DXに取り組みたいが何から始めていいか分からない、すでにDXに取り組んでいるが頓挫しそうだ、と迷える人へのヒントとなるような情報を前編「何から始めるか」・後編「単なるデジタル化で終わらせないために」の2本構成でお届けしたい。
前編「実践DX 何から始めるか」では、DXをはじめるときの規模感やデジタルシフトしやすい業務の特長、DX担当者の人物像や採用についてお伝えしてきた。
後編は、DXで芽吹いた変革を社内に浸透させ、継続する取り組みについて、GAテクノロジーズの執行役員 CAIO(Chief AI Officer)を務める稲本浩久さんに引き続き話を聞いていく。
大阪大学大学院基礎工学研究科修了。新卒で株式会社リコーに入社。画像処理・認識技術の研究開発に従事。その後、企画者に転身し、不動産向けVR ソリューションサービスである「theta360.biz」の立ち上げを担当。2017年よりGAテクノロジーズに入社し、AIを活用したマイソク(不動産広告)の自動読み取りシステムの開発や、間取り図の自動書き起こしシステム「BLUEPRINT by RENOSY」の開発、仕入れ業務システムへのAI・RPAの導入等を担当。2019年よりAI Strategy Centerの室長を務め、同年11月執行役員CAIOに就任。
※所属等は取材時点の情報です
DX仕掛け人が語る「AIを入れる勘所」
前編で、デジタルを活用した業務改善には①人海戦術で回している業務のデジタル化②勘と経験と度胸で成り立っている業務の解消、の2ステップで考えると良いとお伝えした。
属人化している業務のデジタル化というと、AI活用を思い浮かべる人は多いだろう。
だがAIの真価は、業務をデジタル化したうえで、ステップ2の専門家の勘や経験に依存している部分に導入することで生きてくるという。
流れはこうだ。まずは人海戦術の業務をデジタル化し、構造化データ(Excelやデータベースのtableなど、表で表せるデータ)と非構造化データ(画像やメモなどの文章、音声など表では表せないデータ)の両方をデータとして蓄積していく。
人海戦術で回している業務をデジタル化してデータを蓄積。溜まったデータの解析にAIを活用する
いわゆる「データドリブンな組織」では、形式が整った構造化データを分析するデータサイエンスに加え、社内のノウハウが詰まった非構造化データを分析に使い、より競争力のあるデータ解析をしていく。
この非構造化データの解析で画像認識や自然言語処理などを使うことこそ、「AI活用の本丸」だというのだ。そしてAI開発・運用にかかるコストやどれくらいの精度が期待できるか、といった部分こそ、AI技術に明るい専門家に相談すると良いという。AIの精度向上を考えるのもここからだ。
一方で、ステップ1の人海戦術で回している業務にいきなりAIを導入しようとしてもうまくいきにくい。
「人の置き換えとしてAIを入れると、現場の人の多くが『業務を完全にAIで置き換えられるんだな』と期待をするわけですね。でも実際には、劣化した人間くらいの精度のものしか出力されなくて幻滅してしまう。文字の読み取りだと数パーセントは間違えますし、価格の推定も、プロの人間に比べたら何パーセントかの誤差は出てしまうものです。
ステップ1の段階で100%置き換えられると思ってはいけません。これは画像認識だけでなく、音声認識や予測・推定、自然言語処理でも同じです。
重要なのは、AIを入れて円滑に回るような業務オペレーションを組むことです」
AIを活かす業務オペレーションの例として、名刺管理サービスSansanの例が挙げられるだろう。同社は名刺情報の手入力から、OCRでの自動読み取りとオペレーターの目視チェック、という組み合わせのオペレーションに変えたことで、入力担当者の作業量を減らしつつ高い認識率をキープした。現在も画像認識の精度を高めながら、人間の確認作業は欠かさない。※
※Sansan株式会社独自の名刺データ化システム|DSOC
GAテクノロジーズの自動読み取りツールも90%以上の精度が出ているが、いまでも認識ミスには人力でチェックを入れているという。特に導入から3ヶ月は、ツール製作者の稲本さん自身が全部のデータをチェックして、修正を加えていた。
「うちは自社で内製化をしていますが、特にこれからDXを始めようとするなら、費用対効果に優れた外部の既存ツールを上手に活用する、という手もあると思います。業務をシステムに合わせるか、もしくはシステムを業務に合わせるのか、という観点、見極めはすごく大事なんじゃないかと思います」
社内の業務ツールは作って納品するだけじゃダメです
業務のデジタル化・AI導入だけで終わらず、業務の改革を進めていくには、デジタルツールを使い続けてデータを集める必要がある。
とはいえ、特に売上や会社の利益に直接関わるものの導入は慎重になるだろう。GAテクノロジーズの電子接客ツールも例に漏れず、浸透するまでに苦労したそうだ。
現場を思って作ったのに、なかなか使ってもらえない――。このような新しい変化を、社内でいかに浸透させたのか。
電子接客ツールが導入される前、GAテクノロジーズのセールス部門では、顧客にどんな提案をして、どんな反応が返ってきたのかというやりとりをほぼ残していなかった。電子接客ツールは、顧客との会話を記録し、物件の情報を確認できるツールだ。不動産見取り図(マイソク)や物件の写真をはじめ、物件購入時の損益シミュレーション、地域の家賃相場や直近の人口動態などの統計情報も確認できる。
稲本さんはこのツールを導入するとき、現場担当者に持っていき「ちょっと使ってみてくれませんか」「1回使ってみてください」と、直接声をかけて回った。
「私の所属するAI Strategy Centerのメンバーには『ツールの導入はスタートだから、浸透までしてはじめて我々の成果だからね』という話をいつもしています。
現場の方が忙しそうにしている中で『使ってよ』と言うのは心苦しいかもしれませんが、ツールを良くしていくには、ちゃんと使ってもらってフィードバックをもらい、付加改善していくというサイクルが欠かせません。
改善サイクルを回さずにツールを作って終わり、またツールを作って……と繰り返しても、まず浸透しないでしょう」
実際に使ってみて「いいね」と言ってくれた人でも、使い続けてくれるかは分からない。まして開発側から「使ってほしい」と丸投げされても、現場は困ってしまうだろう。
そこでまず、稲本さんは共感者を探して、その人の要望を最大限聞いてプロダクトを改善することにした。ひたすら改善を続け、ツールを磨き上げていくうちに共感者がまわりの同僚にツールを勧めていき、認知が高まってきたところで、営業担当者が顧客に提案した物件のデータを顧客のスマートフォンに送る「持ち帰り機能」を追加した。
この持ち帰り機能を使うことで成約率が上がり「電子接客ツールは絶対みんなが使うべきだ」と社長が言うほどのツールになった。
開発力と企画力を備えた人材、社内でどう育てる?
ツールの改善をはじめ、DXや業務改善を続けていくには社内のリソースが欠かせない。稲本さん率いるAIストラテジーセンターでは、開発力と企画力の両方を持つIT人材の育成にも力を入れる。
「AIのアルゴリズムにとても強いという人もIT人材にはなりうるのですが、何らかの形にして現場に落とし込めなければ、現場の人に使ってもらうようなソリューションも考えられないでしょう。
うち(AI Strategy Center)でも、AIに関する専門性をしっかり持った上で『一定の開発力と企画力を持ってね』というふうに話しています」
AI Strategy Centerでは、入社してすぐに3ヶ月ほどの開発研修に入り、Ruby on railsやAmazon Web Serviceの基礎知識を学んで一定の開発レベルまで引き上げる。経験者採用でも同様で、早い人だと1ヶ月程度で終えるそうだ。
企画力を高める取り組みとして、部署内では「現場に行って課題を見つけ、課題に対するソリューションを発表する」というコンテストを定期的に開催している。発表はフィードバックを受け、スキルアップに繋げているという。
「ときには考えたソリューションを形にして、実際にさまざまな部門の課題解決を進めていくこともあります。
ただ、自分たちの考えたソリューションが現場の実情とズレている可能性も少なくありません。現場からのフィードバックを得たら早い段階で修正していくことが大切です。これは研究開発にしても、ソフトウェア開発をするにしてもすごく大事だなと思っています」
DXを社内で浸透させるために、経営層が持つべきマインドセット
ツールの導入や改善など、稲本さんがダイナミックに動けた理由のひとつは、現場はもちろん、意思決定者である社長との距離の近さもあったという。
大きな青写真を描きながらも、現場の業務や社員のマインドを着実に変えていく。「まずは現場の人やいち担当者の方が喜ぶような機能を作るところから始めると、浸透しやすい」と稲本さんが言うように、小さく始めて検証をし、日々目標が変わっていく中でのスピーディな意思決定は必要不可欠といってもいいだろう。
DXを進めていくうえで、責任者や経営層が持つべきマインドセットは「長期目線・全体最適」だという。
「なにかが変わったことで、プラス側の影響が出ることもあれば、同時にマイナスの影響が出ることもある。同様に、長期的で見るとプラスにはなるものの、短期的にはマイナスになるパターンもあります。
短期的に凹んだ部分だけ見て責められてしまうと、現場の人たちはやってられませんし、ときにそのマイナスは、その人の責任の外で起きてしまうこともある。そんなときのケアがすごく大事です」
短期・長期の時間感覚は、各企業のフェーズや規模感、組織をとりまく環境による部分も大きい。大企業なら年単位の短期プロジェクトでも、スタートアップでは資金やリソースの関係で、数ヶ月単位でも長期プロジェクトになるだろう。
「大企業では『長期だからすぐに結果を出せなくてもいいよね』という甘えが起きがちなのも、難しいところです。
前職の研究所では『これは5年後、10年後の技術なんです』というのを毎年言っていまして。この”5年後”はいつやってくるんだ、とやきもきしていました。
DX推進責任者の立場としては、短期的な成果も出しながら、数年先につながる中長期的な取り組みをしていけるように心がけています」
若者に単純作業をさせ続けるのは罪じゃないか
ここまでDXを進める方法を話していただいたが、稲本さんは「変えるのが難しい」人たちの気持ちを汲むことを忘れないでほしいという。
「ついつい技術者側は『論理的に考えてIT化を進めるべきなのに、使わないのは馬鹿だ』という言動をしてしまいがちですが、そうした態度では現場も変化を受け入れにくくなってしまいます」
人は変化をするのが難しいもの。すでに一定の基盤があり、体制の安定している組織ならなおさらかもしれない。自分の業務が滞る、過去の成功体験と違う……といった「変わりたくない」理由はいくらでも出てくる。
だが、業務の効率化で「新人や若者に楽をさせると仕事を覚えない」「自分で考えられなくなる」といった考え方には、疑問を投げかける。
「覚えなくてすむような業務なら、無理して覚えず、別のところに専門性を割けばいいでしょう。
これから労働人口、特に若い人たちがどんどん減っていきます。もっと若い人たちを大事にしなきゃいけないのに、誰でもできるような単純作業、DX化できるような作業をさせ続けるというのは犯罪に近いんじゃないかな(笑)次世代の人たちのためにも、今ちゃんとDXを進めるのは必然、いや義務なんじゃないかと思います。
今後はグループ会社だけでなく、不動産業界全体、ひいては他の業界・業態の改善、DXを進める手助けができたらなと考えています」
誰のためのDXなのか?
前編「何から始めるべきか」と本稿の2回にわたって、GAテクノロジーズのDX実践の道のりをお届けしてきた。
ひとことでDXと言っても会社のフェーズや組織のカルチャー、業界状況など考えるべき変数は多い。最適な進め方もそれこそ会社の数だけ存在するだろう。だが、長期目標や組織内の調整を考えて尻込みするより「まずはやってみる」ことの大切さや経営層の柔軟な姿勢など、同社の例から学ぶことは多い。
変化は業務のデジタル化や社員育成、組織形態など社内の話にどまらない。GAテクノロジーズではデジタルツールの導入で単純作業の時間を減らしただけでなく、顧客がより便利に物件を購入できる仕組みを作っていった。加えて「社会の要請や技術の進化にあわせて組織やビジネスの形を変えていける」という強いメッセージを社内外に打ち出せた事実は、今後も同社の成長を支える武器になるだろう。