テクノロジーは何をもたらす?不動産業界におけるIT活用の今と未来

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あらゆる産業の中で特にIT活用が進んでいないといわれている不動産業界。日本の不動産業界は特にIT活用に消極的で、FAXでの住宅情報の受け渡しや、電話での内覧調整が当たり前の状況だ。

厚生労働省の発表によると、日本の不動産業界における労働投入量あたりのIT投資はアメリカの10分の1足らずで、世界的に見ても特異なほどアナログな環境だとわかる。

この現状に、ディープラーニングを用いることで効率的にVR空間を作成し、オンラインで中古物件を内覧できるシステムを開発することで一石を投じようとしている企業が株式会社スタイルポートだ。スタイルポートの前身であるスタイル・リンク株式会社は、不動産投資のアドバイザリーサービスを提供するプロフェッショナルファームとして2011年に設立されたが、現在では40名の社員のうち、7割がエンジニアのIT企業へと変貌を遂げている

プロフェッショナルファームとして成功していたスタイル・リンクがIT企業に転身するまでの経緯から、目下開発中の中古物件のVR空間化サービスを通じてスタイルポートが作り上げようとしている未来像に至るまで、代表取締役で創業者の間所 暁彦氏に話を伺った。

世間がIT化を進めるなか、ティッシュを配り続ける不動産業界に焦りを感じた

1991年から20年以上にわたり、不動産売買の第一線で活躍を続け、スタイルポートの前身であるスタイル・リンクを創業した間所氏。創業当初は不動産投資のアドバイザリーを行っていたというが、いったいどのような経緯で不動産業界特化のIT企業へと経営の軸を移すに至ったのだろうか。

――間所
「不動産業界はみなさんの想像をはるかに超えるほどアナログな業界なんです。依然としてFAXが現役で使われていますし、財閥系の企業ですらいまだに街頭でティッシュ配りを続けています。他の産業がIT活用による営業の効率化に舵を切るなか、不動産業界では泥臭い営業スタイルがもてはやされ続けているのが現状です。

不動産の売買は人生に一度あるかないかという大きな買い物ですから、単純に営業を効率化すればいいというわけでもないですし、個人のつながりを原資に経営している不動産会社が多いので、業界全体でIT化を進めるのが難しいということは理解していました。ですが、IT導入で業界特有の課題を解決していきたいという志に賛同してくれる有志が集まってきてくれたため、IT企業化へと舵を切りました」

IT企業化を決めた間所氏は2015年から新築マンションのVR内覧システム「ROOV」の構想を練り始め、2016年にスタイルポートを設立し本格的に開発を始めた。

VR内覧システムROOV

そして今、構想から4年の時を経て、満を持してサービス提供が開始され、市場から大きな反響を得ている。

――間所
「新築マンションの購入は数千万円からときには数億円という非常に大きな買い物です。そのため、内覧は一人ひとりの顧客が複数回行いますし、1回あたりの内覧は平均で2.5時間程度かかります。

この内覧を効率化したうえで顧客体験を向上させるには、物件を忠実に再現したVR空間を作ることが最適でした」

不動産業界の抱える大きな課題のひとつが、営業の効率化。不動産売買における通常の営業では、顧客が仲介業者を通して内覧を予約し、実際に物件まで赴いたうえで接客が始まる。この一連のフローには営業担当が必ず同伴しなければならないため、営業担当の負担が大きくなりがちだという。

上記の課題を解決するために生まれたROOVは、実際の物件を忠実に再現するだけでなく、ユーザーのライフスタイルに合わせて自由に家具を設置できるほか、VR空間内を動き回れる仕様になっている。

ROOVの導入は以下の4つの利点を生むという。

  • 接客可能人数の増加
    通常2.5時間かかる接客を効率化できるため、販売員の1日あたりの接客可能人数が増加する
  • 物件への集客力向上
    モデルルーム来場者の再来率の向上に繋がる
  • 顧客満足度の向上
    図面などの資料や購入希望とは異なるタイプ、かつ過度に装飾されたモデルルームといった実際の生活が想像しづらい情報ではなく、ユーザーひとりひとりに合わせた空間情報を提供できるため、購入前の顧客満足度が向上する
  • コスト削減
    VR空間をライフスタイルに合わせて自由にアレンジできるため、モデルルームの設営、撤去コストが削減される

    中古物件の売買ハードルを取り払うために

    スタイルポートはCADデータから効率的にVR空間を作成する新築マンション向けのシステムを開発する一方で、中古マンションの内覧向けにも同様のシステムの開発を開始したという。

    中古マンションは新築マンションと違い、物件の間取りに関するデータが残っていない場合が多いが、スタイルポートは画像認識技術とディープラーニングを応用し、VR空間を作り上げようとしている。

    中古物件の写真を撮影し、VR空間上に間取りを生成していく

    しかし、中古物件の内覧システムの構築は間取り図や詳細情報が欠落しているケースが多いため、新築物件用のシステム構築と比較すると難易度は高くなりがちだ。間所氏はなぜ、高難度のプロジェクトに取り組むことを決めたのだろうか。

    ――間所
    中古物件の市場は近年拡大を続けており、首都圏だけでも年間37,000以上の中古マンションが売買されています。ですが、中古物件の売買にかかる内覧にはさまざまなハードルがあります。もし、それらのハードルを無視できるようなシステムがあれば、中古物件流通市場はさらに拡大していくはずです」

    間所氏によると、売買される中古物件の約6割は居住中の物件で、所有者は売却予定の物件に住みながら内覧を受け入れる必要がある。そのため、所有者のプライバシーを守りながら売却を進めることは困難だという。さらに、所有者は休日を返上し、内覧者の対応をしなければならないため、日常生活への負担も大きい。他にも、購入検討者は生活感に溢れた空間から家具がない空間を想像し、検討を進めなければならないという、購入検討者が感じるハードルも存在している。

    上記のような売買ハードルを取り去るのに、仮想空間での内覧は現実的な選択肢となる。だが、中古物件のVR空間を構築するために必要なデータを補完する画像認識モデルを作り上げるには、膨大な画像データとそれを素早く処理するための高速演算リソースが必要になってくる。

    中古マンションは新築マンションと比べて取引あたりにかけられるコストが低いため、開発におけるコスト削減が肝要になるが、スタイルポートは自社で保有していた中古物件の画像データとGMOインターネット株式会社が提供しているNVIDIA®社の「Tesla® V100」を採用し、ディープラーニングに最適な高速演算リソースを提供する「GPUクラウド byGMO」を利用することで開発コストを抑えながら開発に挑んでいるという。

    ――間所
    「中古物件の画像データは他の事業を展開しようと考えていた際に収集していました。そのため、サーバーコストが開発における大きなネックでした。

    GPUサーバーの確保に向けて、さまざまな大手企業のクラウドサーバーを検討しましたが、どれも従量課金で、コストが莫大に膨れ上がってしまう可能性がありました。GMOインターネットの「GPUクラウド byGMO」はコストが低いうえに月額課金のため、安定した事業計画が立てられることから採用に至りました。

    この選択により、現時点では開発途中の段階ですが、計画通りのコストで開発を進められています」

    新規事業開発では、コスト面が問題となり、プロジェクトが頓挫するケースが多々見られるが、スタイルポートはGPUクラウド byGMOを利用することで、円滑にプロジェクトを進められているという。

    居住者の生活インフラを目指す。売買だけでない可能性の模索

    鋭意開発が進む中古物件のVR内覧システムだが、スタイルポートが考える不動産×ITの未来は売買の領域に止まらない。

    ――間所
    「現在は、物件売買の省力化とユーザー体験の向上に向けた開発を進めていますが、私たちが目指す究極のゴールは居住者の生活インフラの構築です。

    家具や雑貨などを含めて自宅を完全にコピーした仮想空間を構築し、自宅内のあらゆる情報にオンラインでアクセスできるようになれば、自宅の不具合をデバイス上で確認し処理できるようになることで、生活の質は劇的に向上するはずです。

    居住者にとって、なくてはならない存在を目指し、開発を進めていきます」