2019年2月13日、株式会社レッジは日本最大級のビジネスAIカンファレンス『THE AI 3rd』を開催。「AI時代の適者生存 ── 生まれ変わるために“今”すべきこと」をテーマに、業種や産業を跨いだAI、ディープラーニングの活用事例が業界のトップランナーにより語られました。
「士業の業務はAIに代替されるか~『AI-CON』の挑戦~」と題して講演したGVA TECH株式会社の山本 俊氏は、契約書の作成から交渉をAIがサポートする『AI-CON』がリリースするまでの過程を赤裸々に語りました。
GVA TECH株式会社 代表取締役/GVA法律事務所 代表弁護士
弁護士登録後、鳥飼総合法律事務所を経て、2012年にGVA法律事務所を創業。これまで1,000社以上を支援してきた中で、大企業とスタートアップ・中小企業間の「法務格差」を感じ、2017年1月GVA TECH株式会社を創業。自らも弁護士兼スタートアップ企業の経営者として、AI契約サービス『AI-CON』など、リーガルテックを用いたプロダクト開発の指揮を執る。
20年内に75%の士業が代替!?
「AIが人間の仕事を奪う」と煽るような記事を、新聞やネットメディアで目にする機会が増えました。
10~20年以内にAIによる代替可能性が高いとされる職業には、6つの士業が含まれており、定型業務に近い手続きを行う、
- 司法書士
- 弁理士
- 行政書士
- 公認会計士
- 税理士
- 社労士
は代替可能性が75%以上と、相当数が代替されうるという調査も発表されています。
GVA TECHがリリースした契約業務を自動化するサービスAI-CONも、一見こうした時流に乗っているように思えます。
しかし、弁護士の業務を奪うことを目的にしているわけではありません。弁護士の担う業務はほとんどは訴訟関連で、契約内容もかなり複雑なものが多いため、定型的な業務はAI-CONを使うことで、より創造的な業務に時間を割けるようにすることをサービスの主眼に置いています。
その先に見据えているのは「契約における法務格差をなくしたい」という目標。これまでGVA法律事務所の代表弁護士として1,000社以上のスタートアップ支援を手がけてきた山本氏は、ある一定領域では高い専門性を持つ社長が、法務を苦手とするために「法務力」が強い大企業と不利な契約を結ぶ事例をしばしば目にしてきたといいます。
「せっかく将来性のあるビジネスも、そこでストップしてしまう。私たちはスタートアップと大企業間の法務格差を、積極的に解消してきました。ただし、人が動ける範囲には限りがあり、より広範囲に働きかけるにはテクノロジーを使う必要があります。
AI-CONはこれまでの人的コストを下げる要素もあるので、法律を使う人が法律知識を必要とする場面で、不自由なくビジネスを行えるようになるでしょう」
山本氏は2012年にGVA法律事務所を設立。法律を駆使したクライアント支援で長年スタートアップに関わる中で、時代による変化を感じたといいます。
2015年以降、FinTech、不動産Tech、Uberに代表されるような「業法」の規制に抵触する事業が急速に増加。現在の法律はIT化を前提に作られておらず、既存の業界をITでリプレイスしていけば、自然に法のグレーゾーンが増えていきます。
「こういう部分こそ自分たちがフォローすべき領域だ」と感じ、GVA法律事務所は業界資料を作成するなど、精力的な活動を行いました。
しかし、法律事務所ではスタートアップのサポート以外にも、一般的な雑務やNDA(秘密保持契約)といったルーティン業務も多く、本来必要な業界知識や複雑なビジネス構造の理解といった業務に満足な時間が割けなかったといいます。
「弁護士のルーティン業務の中には契約書の作成やチェック、書面作成、判例リサーチなどがありますが、間違いが許されない業務です。
慎重に書面をチェックすることになりますが、どうしても30分ほどの時間がかかってしまう。こうした部分だけでも機械に任せることができないかと考えました」
ビジネスの意図を定型化し、契約書業務のAI化へ踏み出す
AIの精度を上げるにはパターンの学習が肝要です。特に契約書はなかなか手に入らないデータですが、そこをクリアして学習さえできれば、均質的な業務を高速で行えるそうです。
「専門性が高い内容ほどAIにフィットすると言われています。契約書を人が見るのもAIが見るのも、思考プロセスはかなり似通っています。
しかし、当然ですが人間には疲れがある。機械学習と、弁護士の知見ともいえる『判断』を合わせて考えれば、契約書のチェック業務がスピーディーに自動化できるのでは、と仮説を立てました」
こうしてAI化への挑戦が始まりますが、その一歩としてまず考えたのは、スタートアップ立ち上げにおけるユーザーの課題だといいます。
契約書そのものは文章の集合体ですが、ここで大切なのは、その契約書をつくる“ビジネス的な意図”。契約書作成においては、「法的に合っているか、正しいか」という観点ではなく、どの文言を入れれば「自社に有利になるか、リスクがおさえられるか」といったビジネスの視点があるはず。
ビジネス的な意図を理解することは、契約書を結ぶ両者間の直接の利害につながるため、「決して無視できないものだった」と山本氏は語ります。
「ユーザー課題へのアプローチを考えるかたわら、人工知能の書籍を読んだり、オンラインのプログラミング指導を受けたりして、技術的な知見を高めました。いわゆるAI系の有識者と呼ばれる大学教授にも数人会いましたが、一様に契約業務のAI化は厳しいという見解でした」
有識者がそろって指摘したのは、「契約書の意図を学習すること」の難しさでした。しかし、裏を返せば、定型化さえできればAI化が近づくということです。
「大学教授は法学専門ではないので、契約書のレビューが非定型な業務に見えているはずですが、人の意図は無限にあるように思えて、実は“契約書をめぐる意図”はかなり限られます。
『専門家の目で見たときに定型に見える部分をAI化する』という仮説を議論していくうちに、できるかもという形にだんだんと変わっていきましたね」
法律コミュニケーションを加速する『AI-CON』
このような過程を得て、2018年4月にリリースされたのがAIによるレビューサービスの『AI-CON』です。
関連記事:「今までかけてた時間がバカらしくなる」契約書レビューサービス『AI-CONレビュー』の精度を徹底検証
目指すのは法務業務の効率化や、多くの当事者が存在する契約までのコミュニケーションの円滑化。AI-CONを駆使することで、法律という共通言語を皆が手に入れるイメージです。
AI-CONの機能としては下記。
- ドラフト
「競合事業のアドバイザーの可否」、「中途解約の可否」といった複数の質問にYES、NOで答えていく。法的な要となる設問に返答することで項目が反映され、大量の条文の中から組み合わせた契約書が完成する。 - レビュー
契約書をアップロードすると、損害賠償や秘密保持義務など立場ごとに有利・不利が変わってくる項目を「有利、やや有利、中間、やや不利、不利」の5段階で判定。相手有利・対等な関係・自社有利」の、立場ごとの修正例を表示。 - 交渉
修正した内容をもとに、原文・修正条文・修正意図が含まれた交渉用のメールが自動作成され、そのまま相手側にメールで送信することが可能。
2019年1月には『AI-CON登記』というサービスがリリースされました。スタートアップビジネスを阻害していた「登記手続き」でも力になりたいと、以前から温めていた企画だそう。
これまで些細なミスから煩雑な修正が発生していた登記が速く正確にできれば、ビジネスのスピードを加速させてくれそうです。
AIによる代替は「電卓のようなもの」
AI時代の士業の在り方を考えるには、コミュニケーションの存在は無視できません。
弁護士であれば、法人顧客のビジネスをしっかり理解すること。一般の方の離婚相続などでも顧客に寄り添ったコミュニケーションを取ること。これらは顧客がどのような形の問題解決を求めているかを理解するうえで、とても重要です。
「現状は裏方の作業に時間を奪われ、コミュニケーションが十分にできない士業が多いと思いますが、そこがテクノロジーによって解決されるのではと思っています。
よく例えで挙げますが、もともとそろばんを使っていた会計事務所が、電卓、エクセルを手に入れて新しい業務ができるようになりました。AIによる代替というのは、“電卓のようなもの”を全士業が手に入れることかなと思っています」
山本氏率いるGVA TECHが目指すのは「契約における法務格差をなくすこと」。セッションの最後では、AIはあくまでもビジョン達成のためのツールと考えているとの言葉がありました。
この先さまざまなデータ収集を行い、本当に法務知識がないユーザーにも普及していくことは、弁護士やエンジニアの力が相当に必要でしょう。
すそ野が広がれば格差がなくなり、契約における平等なコミュニケーションが実現します。そんな世界を夢見るGVA TECHの活躍からは目が離せそうにありません。