「可塑性と忘却」 為末大が語った、AI時代に人間が持つべき能力

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「未来ではなく、今のAIを語ろう。」というコンセプトで開催した『The AI 2018』。基調講演では、DEPORTARE PARTNERS 代表の、為末大さんをお招きしました。

『The AI』とは
The AIとは、株式会社レッジ主催の、”今のAIを語る”大規模AIカンファレンスです。AIが世の中をこう変える、ビジネスを進化させるなどの抽象的な未来な話ではなく、具体的なコストは? 具体的に何ができるのか? など、今のAIを知る名だたる企業が登壇する大規模イベントです。
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「AI時代に、人間はどう生きればいいのか。」その問いに、アスリートの学習過程という切り口から語っていただきました。

為末 大
DEPORTARE PARTNERS 代表
スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2018年3月現在)。現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDEPORTARE PARTNERSの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。

人間の最大の能力は、忘れる力と適応能力

はじめに為末さんが語ったのは、人間の適応能力について。

――為末
「カールルイスが1984年のロサンゼルス五輪で、100m走9.99秒を出し、人類で一番速い男と言われました。それから30年たった今、人間の根本的な能力は何も変わっていませんが、日本人の記録は今やカールルイスを超えています。

栄養の改善や、技能の習得環境が変化したことも一つの要因ではあるものの、そもそもの『当たり前』が変わったからなんです。

たしかに今では、メジャーリーグに挑戦する野球選手も少なくありません。人間は気づかぬうちに変化した環境に適応している、ということですね。今では世界で活躍する日本人選手はたくさんいます。

では、アスリートは、どうやって競技を学習し、熟達しているのでしょうか。為末さんによれば、以下の5つの要素をどのように扱うかが重要とのこと。

  • 自動化
  • 集中
  • イメージ
  • 内省
  • 欲求

ひとつひとつ見ていきましょう。

熟達とは、行動を自動化すること

為末さんはまず、アスリートがどうやって競技に熟達するのかを語りました。

――為末
「アスリートは試合中、頭でざっくり取締役会的に方向性を決め、現場である体の各所を統合して動かしているんです。熟達とは、考えなくても体が動く状態、つまり取締役会の抽象的な命令で現場が動けるくらい、行動を自動化することです。」

たとえばスキー初心者は、考えることが多すぎて全身に力を入れるため、身体中が筋肉痛になったりします。これが習熟していけば、力のかけどころ、抜きどころが理解できるため、全身筋肉痛ということはなくなります。取締役会のざっくりとした命令でも、現場がついていけるようになるわけですね。

――為末
「ところが、いったん環境に最適化をしてしまうと、戻れなくなるリスクもあります。人間は一度習得したことを中心として使いたがる傾向があるので、変化に弱くなるんですね。どこまで適応して自動化し、どこまで余白を残すのかはアスリートにも難しい問題です。」

ある程度の余白をもちつつ、自分の強みとなる部分を見つけて適応していくことが、AI時代の人間の生き方なのかもしれません。

何事も、集中してまずは一度経験する

為末さんは、集中もアスリートの重要な能力といいます。

――為末
「通常はものを考えているとあれこれと考えていることが広がってしまうのですが、集中とは、その連鎖が止まっている状態です。そして、深く集中して何らかの境地に至れば、再現性が生まれます。」

アスリートは、集中状態を保つのがうまい、とはよく言われます。深く集中しないといけない世界にアスリートはいけるんですね。集中状態でのパフォーマンスを意図的に作り出す方法として、ドーピングの興味深い例も語られていました。

――為末
「ドーピングは禁止されていますが、健康面の理由だけではないんです。一回ドーピングによってある境地へ達してしまうと、薬が抜けたときでも、その気になればドーピング時と同じパフォーマンスを発揮できてしまうからアンフェアだ、という理由からなんですね。」

もちろんドーピングはだめですが、何事も、一度経験しないと理解できないのはその通り。一度経験したということは、大きな自信にもなります。記録を塗り替え続けているアスリートなどは、集中→経験→達成というサイクルを高速で回しているんですね。

人間は一回でも何かを見ただけで学習できる

為末さんは、イメージすることも、アスリートが競技に熟達する上で必要といいます。

――為末
アスリートが『いい感じ』というとき、アスリート自身でもなぜいい感じなのか? というのはわかっていないんです。しかし、なぜかそれが当たっていることが多い。この、直感でおおまかな方向性をイメージし、抽象化して捉えられることは人間の大きな不思議です。」

たった一回でも自分よりうまい人のプレーを見ただけで、それをイメージしてプレーするだけで自分もうまくできることがあります。一回見ただけで学習できるメカニズムは、人間特有のものだそう。

AIは、何かを学習する際、まず膨大なデータを学習し、特徴をつかんで何かを分類します。一方、人間のように直感をもとに、抽象化してとらえることは不得意。抽象化する能力というのは、AI時代での人間の大きな強みといえるかもしれません。

また、予測できない変化を意識的に練習に組み込むことも重要だとか。

――為末
「強いアスリートは、計画できない変数を、意識的に練習に組み込みます。予期しない揺さぶりを意図的に自分にかけることで、成長するわけです。」

アスリートの室伏さんは、ベンチプレスの際に、バーベルの横に水が入った振り子を装着することで、予期せぬバーベルの動きを生み出し、練習していたそう。アスリートではない私たちの場合でも、経験のないことを生活の一部に取り入れてみるなど、活かせる点がありそうです。

欲求がなければ内省できない

また、内省・欲求もアスリートの重要な能力と語っていました。

――為末
「試合後のアスリートに試合に勝てると思っていましたか?という質問をすると、勝った試合であれば勝つと思っていたと言い、負けた試合であれば、負けると思っていた、と言うことがあります。過去を編集して、それを信じ込めるのは、アスリートの重要な能力かもしれません。」

自由に過去を書き換えることで自信を得て、自分のモチベーションをコントロールする。そのためには、こうなりたいという強い欲求が必要です。しかし、欲求をデザインすることは難しい、と為末さん。

――為末
「欲求というのは、意図的に設計するのが難しいもの。鍛えようがないのですが、習熟において一番必要なものです。」

何かになりたい! という強い欲求がなければ、現実と理想とのギャップが分からず、内省ができません。欲求はアスリートのすべての練習の指針になるわけですね。

AI時代に必要なのは「可塑性と忘却」

最後に為末さんは、これからのAI時代に人間に求められる能力について語りました。

――為末
「“もっとも強いものが生き残るのではなく、もっとも賢いものが生き残るのでもなく、環境に適応した種が生き残る。”とはダーウィンの言葉ですが、人間の最大の能力は、環境に応じて変われる力と、過去の自分を忘れられる力。AI時代には、社会の『当たり前』がすぐに変わるので、周りのツールを上手く使って自分自身を変化させ、自分が過去にどう生きていたのかを、いい意味で忘れられることが重要です。」

冒頭でもありましたが、人間は、「当たり前」の変化に柔軟に適応し、過去にとらわれず自分自身を変えていける力を持っています。為末さんは、これを「可塑性と忘却」という言葉で表していました。

どんな変化が起きても柔軟に自分を変えていくことが、AI時代においても重要な人間の生き方なんですね。為末さん、ご登壇ありがとうございました。