シリコンバレーを拠点に、最新のAI(人工知能)戦略提案からAI開発まで、日本企業に対して幅広い支援を行う石角友愛氏。
石角氏が昨年秋に上梓した「いまこそ知りたいAIビジネス」は、AIビジネスのトレンドや、AIによってどのようにビジネスが変わっていくのか、などを分かりやすく解説している。Amazonでも、昨年の出版にも関わらず「AI」というキーワード検索でいまだに1位をキープ中だ(2019年8月現在)。
今回、石角氏に本書を上梓した理由を聞くと、AI導入がなかなか進まない日本企業の問題点が浮かび上がってきた。
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAIプロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテックや流通AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手がける。シリコンバレー在住。
「AIに対する正しい理解」の必要性
石角氏によれば、本書を上梓した理由は「AIの正しい理解が日本社会に不足していると感じていたから」だという。
「メディアを見ていても、AIに対する過剰な期待を煽るものや、その反対にAIが仕事を奪うとするような論調が目立ちます。この間も、未来ある高校生でさえ『AIは仕事を奪うので研究しないでほしい』という旨の発言をしていたのを見ました。
私の会社パロアルトインサイトでは、クライアントのAI導入の上流工程である課題抽出から行い、AI開発と実装までから携わっていますが、反対に導入する側のAIに対する過剰な期待を感じます。AIの正しい理解を広めなければ、と感じていました」
石角氏が代表を務めるパロアルトインサイトは、学術的な意味でのAIを研究する会社ではなく、ビジネスの現場での実装に重きを置いている会社だ。昨今、メディアではAIの定義を厳密に分け、ディープラーニング以外はAIではない、とする論調も目立つが、「ビジネスの観点から見ればそのように分けることは意味がない」と語る。
「ビジネスの文脈でAIを導入する企業にとっては、導入しようとしているAIが、ディープラーニングを使用しているかどうかは関係ありません。データサイエンティストはディープラーニングももちろん使いますし、古典的な統計学の手法も必要であれば当たり前に使います。大事なのは課題解決のために適している手法は何かということなのです。
たとえば、私がよく話すニューヨーク・タイムズの事例では、古典的なクラシフィケーションの手法もディープラーニングも両方使っています。そのような事例は地に足がついたAIの使い方だと感じます」
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「大企業でビッグデータを所持していなくとも、AI導入はこうすればできる」と伝えたかった。しかし、これまで日本人の読者向けにそうしたことを書いた書籍は少なかったという。
「本書ではディープラーニングすらあまり線引きして解説していません。線引きをしないのは、それこそみなさんが使われているスマートフォンにも入っているほど、AIがすでに身近な技術だからです。
技術はあくまでHowの話であって、大事なのはWhyとWhat、つまりなぜ導入するのか、そのために何が必要なのかですから」
シリコンバレーから見た「日本でAI導入が進まない理由」
そんな石角氏は、日本でAI導入が進まない理由をどう考えているのだろうか。
「日本は、ユーザー企業(消費者に対して事業を展開する企業)にエンジニアがいませんよね。エンジニアの7割がSIerに在籍しており、ユーザー企業から外注される形で開発に携わります。だからこそ、ユーザー企業からすれば身近に実装できる人がいないので、AIの正しい理解が生まれません。
逆にアメリカは外注文化がなく、エンジニアの7割がユーザー企業にいるので、正しい理解が生まれやすいのかもしれません」
確かに、日本企業の外注文化は根深い。解決するには何をすればいいのだろうか。鍵となるのは、やはり「人材育成を自前でやること」だという。
「やはり、自分たちで人材を育てる必要があります。日本でも政府が年間AI人材を25万人育成すると発表していますが、そもそも機械学習モデルを作る人だけを育成してもしょうがない。AI開発には多様な人材が不可欠です」
AI開発においては、UXデザイナー、インフラエンジニア、ネットワークエンジニア、データマーケター、AIビジネスデザイナーなど、数多くの職種が関わる。
とくに重要だと石角氏が語るのが「AIビジネスデザイナー」。つまり経営課題を理解し、AIをどうビジネスモデルに組み込み新しい付加価値を創造するかをデザインする人、そして複数の関係者が参加するAIプロジェクトをリードするスキルをもつ人材だ。
「日本として大学での論文数などを目標に置くのであれば、AI人材の定義をアカデミアとビジネスで分けるべきだと思います。アカデミアであればリサーチャーなどがAI人材として定義できるでしょうか。
機械学習系の論文における共著数を国別にインデックスしたデータを見ると、ほとんどがアメリカ、中国です。ですが日本はそのなかでも4位と、悪くはない。
AI導入率を見ても日本は2.9%なのに対し、アメリカは40%です。この差をどう埋めるかが重要ですが、逆にいえばまだまだ伸びしろがある状態なので、個人的にはそこまで悲観してはいません」
AI導入には「自動化」と「増強化」の2パターンある
AI導入率といっても、AI搭載のBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールや、チャットボットなどを含めれば割合自体は増加する。しかし、それは「根本的な問題解決ではない」と石角氏は言う。
「AI導入には『自動化』と『増強化』の2軸があるとクライアントにはご説明しています。自動化とは、端的に言えばAIを活用して業務効率化を目指すもの。増強化とは、これまで人ができなかったことを可能にするようなAI導入だといえます」
たとえば、マーケターがAIを使って見えなかった顧客の資産を可視化し、新しいメッセージを生み出したり、商品開発などに活かせるようにしたりする。人間の能力を補完し、増強するようなAI導入だ。
「増強化は、マーケターをスーパーマーケターにするような、人間の能力を底上げするためのツールとしてのAIといえます。
ビジネスでAIを導入する際、問題は自動省人化で解決するのか、増強化が必要なのかを考えるべきです。これは、経営陣が問題の所在をコストセンターとしてみるのか、プロフィットセンターとしてみるのかにかかってきます」
AI導入でもっとも安く済むのは、パッケージ化された簡易ツールを導入することだ。すでに教師データも用意されている場合が多いので、自社でデータを用意する必要もない。
しかし、どちらが適当かわからなくとも、大事なことは「とにかくやってみること」だという。
「そのうえで、長期的には自分たちのデータを使ってカスタム型のAIを作ったほうがROIがいい場合が多いです。しかし、まず始めるならパッケージ型のAIでも問題ありません。大事なことは、わからないからこそ使ってみることです。そのような行動力のある会社は増えていると思います」
アメリカでAI×行動経済学が注目される理由
著書の後半では、シリコンバレーで今「CBO(Chief Behavioral Officer=最高行動責任者)」という役職が、アメリカで注目されていることにも触れられている。その理由は、AIでビジネスモデルそのものが変化しているからだという。
ニューヨークを拠点に活動しているレモネードという損害保険会社は、保険の申請を行う際の査定プロセスを、AIで約3秒に短縮するシステムを開発した。
「たとえば、台風で住居に損害が発生したため保険を申請する際に、これまでは保険代理人が現地まで出向き、損害状況を確認してから審査を行なっていました。そこで虚偽の申告や保険金詐欺を防止するAIを開発することで、審査にかかるプロセスを徹底的にコストダウンしたんです」
大きなコストダウンを実現したレモネードは、余ったお金、つまり保険料請求されなかったお金を、NPOに寄付している。ここがCBOが注目を集める理由のひとつだ。レモネードは、デューク大学のダン・アリエリー教授(行動経済学)をCBOに迎え、このビジネスモデルを実現した。
「つまり、人はどのようなモチベーションでどんな行動をするのかを科学することで、レモネードはこのビジネスモデルに行き着いたんです。実際に、NPOへの寄付を始めたあと、不正は減ったそうです。
利益を留保せずに社会に還元することで、人は『自分が社会の役に立っている』と感じ、その感情が不正請求を減らしている。この場合は『アメとムチ』のアメがより効果を発揮することを行動経済学によって明らかにしたといえるでしょう」
AIを導入した先に何を目指すのか
レモネードの事例において重要な点は、「効率化をゴールにしていない」という点だ。効率化したその先の目的(本ケースで言えば社会貢献)を明確に描いている。
「レモネードは、無駄なコストをAIで省き『毎月5ドルという安価な保険料で社会貢献ができる』という価値を生み出しました。いたずらに利益に回さずにすむコスト構造を実現したということです」
AI導入を考える際も「単純にコスト削減だけではなく、そのあとに何をするかの話をしないから単純な『仕事が奪われる論』に陥ってしまう」と石角氏は語る。
AIを導入したその先に、どんなビジョンを描くかが問われている。