「最近は自分でPythonもいじり始めたんです。今後AI開発を本格化するにしても、丸投げにするのはなんか違うなと思って」
こう話すのは、株式会社welzoにて新規事業創出を担う生嶋拓也氏だ。ソニーが提供する画像判別ソリューション「ELFE」を用いたPoCを行うコンテスト「エルコン」に参加し、見事優秀賞を勝ち取った。
これまではテクノロジー活用に及び腰だった
株式会社welzoは、農業資材や家庭園芸用品、肥料や飼料の原料などを扱う専門商社だ。2023年1月には「農園芸のイノベーションカンパニー」となるべく社名変更を行い、株式会社ニチリウ永瀬から株式会社welzoとなった。
農園芸分野でイノベーションを起こしていく取り組みのひとつが、九州大学との共同研究だ。AIでキュウリの収穫量を減少させる要因を早期に特定し、自動で空調管理、施肥、水やりを行うシステムを開発。低コストで収量の倍増を狙う。
「当社はこれまで農業や農園芸分野で価値貢献をしてきましたが、まだまだ就農にはハードルが高いのが現状です。持続可能な形で就農のハードルを下げるため、まずはキュウリからスタートし、ゆくゆくは施設栽培の野菜全般に活用していきたいと考えています」
そんな同社だが、これまではテクノロジー全般の活用には及び腰だった。農業分野でスタートアップやスマート農業に取り組む企業も増えてきてはいるものの、現場を見るとまだまだ伝統的な価値観が支配しており、テクノロジー活用には抵抗感が強い人も多い。農業におけるソリューションを提供している側である同社でもそれは同じだった。
新規事業での課題解決に、テクノロジー活用を模索
2021年の8月に転職で入社した生嶋氏は、学生時代に民泊事業を立ち上げ、運営した経験から自ら事業を推進することにこだわり、大学院卒業後は家電メーカーで新規事業開発を担った。そんな同氏もテクノロジー活用の経験はなく、苦手意識があったという。
「悪い言い方をすれば“古い”人が多いんです。当社も同じで、農家と日々接しているので農家が持つニーズには詳しいものの、テクノロジーの素養のある人がそもそも少ない。私も、業界の例にもれずテクノロジーには苦手意識がありました」
エルコン参加のきっかけは、屋上庭園などの園芸を楽しめるサービスを開発中に聞いた顧客の声だった。
高齢者施設で利用したいという声が多かったが、入居者や施設のスタッフは必ずしも園芸知識があるわけではない。加えて、作物を育てるには細かい手入れが必要だが、入居者が何らかの理由で作物を見られない際に、施設のスタッフが対応するのも現実的ではなかった。
「サービス自体のニーズは高く、使いたいという声を多くいただいていました。しかし課題が多く、テクノロジーを活用してこうした課題を解決できないかと思案していました」
画像判別ソリューションでイチゴの葉の病害検査への挑戦
PoCを行った内容は、画像診断によるイチゴの病害検査だ。イチゴの葉の表面の画像によって「健全」「うどん粉病」「炭疽病」の判別をするモデルを作成する。まさに新規事業での課題解決につながる内容だった。
「スマートフォンなどのデバイスで葉を撮影し、その場で病気の判断ができれば、専門家がいなくとも対処方法がわかります。施設でもイチゴを栽培したいという声が多く、まずはイチゴからやってみよう、とPoCを開始しました」

出典:農研機構が公開しているオープンデータ
加えて、イチゴの葉の画像データを国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)がオープンデータとして提供していたことも大きい。AIプロジェクトは本来データを収集するフェーズで苦労することが多いが、オープンデータを使うことでクリアできた。
検証をなるべく簡易に行うため、プロジェクトは一人で行える範囲で取り組んだ。時間もあまりかけず、週に半日ほどのペースで取り組んだ。
使用したツールはソニーの画像判別ソリューション「ELFE」だ。クリック操作のみで、データを入れるだけでモデルの学習ができる。
「本業もあるので、あくまで一人でできる範囲でPoCを進めていきました。ELFEの使い勝手は非常によく、簡単な操作でモデル構築ができました。その上で、より精度を上げるにはどうしたらよいかソニーさんに相談させていただきました」
結果として、最初のモデルは、それぞれの画像数200程度(学習:検証=50:50)で作成し精度79.52%だったところ、画像数を400程度(学習:検証=50:50)に増やし82.60%まで向上。
その後、ソニービズネットワークスからの助言で、学習に使う画像の比率を高めるべきというアドバイスをもらい、学習データと検証データの比率を75:25でモデルを作成することで、87.68%を実現した。
welzoのPoCをサポートした、ソニービズネットワークス株式会社でELFEの営業を務める菅原翼氏は、今回のPoCについてこう話す。
「相談いただいたと仰いましたが、私がやったことは学習用とテスト用のデータの比率を少し変えてみるといいですよ、とアドバイスした程度です。実際いただいた相談はメール2、3通のみで、あとは生嶋様が主体的に自走してPoCをやりきられました」
目指すスマート農業実現に向けて、さらなる”AI沼”へ
今回のプロジェクトを終えて、生嶋氏が発言したのが冒頭のセリフだ。今回のプロジェクトを通してテクノロジーへの苦手意識が消え、自らテクノロジーへ触れたいと思うようになったという。
「今回のPoCは、会社としてAIへ本格投資する前の検証という位置づけです。AI開発自体は私が担当するわけではありませんが、それでも外部パートナーに丸投げするのは違うな、と思い始めました。何より、テクノロジーへの苦手意識も消えたので、もっと自分でテクノロジーに触れてみて、開発者のよき理解者を目指したいですね」
その上で、今後はイチゴ以外でもトライしてみたいと話す。
「春夏になると、ナスやトマト・キュウリが高齢者から人気です。今回はイチゴでしたが、今後他の野菜でも病害検査をできればと考えています。サービス化にはユーザーの使い勝手も考えないといけませんし、やることは山積みです」
生嶋氏のトライを楽しむ姿勢が、今回の優秀賞にもつながっている。ソニービズネットワークス菅原氏は、表彰式で選定理由についてこう語っている。
「どのプロジェクトも甲乙つけがたかったのですが、これまでテクノロジー活用未経験の方が1ヶ月で精度をどんどん挙げられ、もともとのベンチマークも達成され、目的をもってPoCをやりきられました。自社データに縛られることなくオープンデータを活用されたり、チューニングを変えたりなど、どんどん知識をつけていきながら精度を上げる過程を楽しまれていたのが非常に印象的でした。当社としても、welzo様のようにAIに取り組む企業が増えてほしいという思いで、今回優秀賞に選定させていただきました」
welzo社内では経営陣による本格的なDX推進も始まったが、現場では根強いテクノロジーへの苦手意識もあるという。今回のPoCを経た生嶋氏がエバンジェリストとなり、社内のテクノロジーへの理解を促進する役目を担いたいと語る。実際に、勉強会もいくつか開催しているそうだ。
「これまで当社が担ってきた卸という業態は残りつつも、遠からず限界を迎えます。そのとき、個人としても組織としても、AIを始めとしたテクノロジーを武器として駆使し、顧客が求めているものを実現できるような状態が必要です。そのために、まずはテクノロジーについて社員に知らせる役目を、今回貴重な経験をさせていただいた自分が担っていきたいと考えています」
ソニーネットワークコミュニケーションズでELFEの開発を担う北畑智貴氏も、AI開発の際における関係者のAIに対する理解度の重要性についてこうコメントする。
「学習データの収集ひとつとっても、この角度から画像を撮影してほしいと要望する際にはなぜ必要なのか説明するコストが生じます。説明コストの軽減という意味で、関係者のAIに対する理解が共有されているほどプロジェクトも進みやすいと感じます。AIの中身は膨大な数字の羅列で、感覚で理解するのは簡単ではありません。最初にある程度AIの概要を理解いただいたほうが開発者としては進めやすいので、生嶋さんのような、勉強会まで開催されるほど“AI沼”にハマっている方がいると心強いです。
ぜひ、今回のご経験を社内で共有いただき今後のDXの糧にしてほしいと思いますし、もっとAI沼にハマる人を増やしてほしいですね」
テクノロジーへの苦手意識は、「触ったことがないのでよくわからない」という理由が大半だ。
エルコンのようなコンテストを、苦手意識を取り払う機会として、積極的に活用することも重要だろう。
今後、AIのPoCを経験した生嶋氏が、社内でどれだけの人を“AI沼”に嵌め、DXを加速させていくのか。AIの活用事例を発信するLedge.aiとしても、welzoの今後のニュースが今から楽しみだ。