巷では、シンギュラリティや2045年問題などが取り上げられ、AI(人工知能)がもたらす未来を不安視する声も上がっています。その中には、将来の仕事の存在そのものが危ぶまれていると言われることも多々あります。事実、現在でもさまざまなビジネス現場でAIが導入されていて、省力化や人件費削減などの人の労働を代替するような動きも見られてきています。
結論から言うと、AIやロボティクスによって既存の仕事は必ず変化します。すでに単純な事務作業などは機械が自動的に行えるレベルまで到達しています。この流れは今後ますます加速していくでしょう。本稿ではAIによって私たちの仕事がどのように変化していくのかを見ていきます。
AIが仕事を奪うとは?なくなる仕事、なくならない仕事
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「AIが将来、人間の仕事を奪うのか」という命題において、オックスフォード大学の論文と野村総合研究所のレポートから具体的に紐解いていきます。どのような仕事がなくなる、残ると言われているのでしょうか。
オックスフォード大学の論文
オックスフォード大学の論文「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?(外部リンク)」では、将来90%以上の確率で消える職業が紹介されています。
将来なくなる確率が高い職業・なくなる確率が低い職業とは、一体どのような仕事なのでしょうか?論文からいくつかピックアップしました。
なくなる可能性が高い職業 | なくなる確率 |
電話勧誘販売 | 99% |
保険の査定担当者 | 99% |
数理技術者 | 99% |
証券会社員 | 98% |
弁護士の秘書 | 98% |
不動産ブローカー | 97% |
レジ担当者 | 97% |
料理人 | 96% |
事務員 | 96% |
参考:https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
傾向を見ると、主にAIの方が正確かつ素早く処理できる職業が消える可能性が高いとされています。現在でもレジの自動化や調理のロボット化などの機械化の兆候がみえるようになっており、一部の業務においては人間に代わる存在になりつつあります。
なくなる可能性が低い職業 | なくなる確率 |
リクレーション療法士 | 0.28% |
聴覚訓練士 | 0.33% |
社会福祉士 | 0.35% |
歯医者 | 0.44% |
精神カウンセラー | 0.48% |
人事マネジャー | 0.55% |
コンピュータアナリスト | 0.65% |
教職者 | 0.95% |
エンジニア | 1.40% |
参考:https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
一方、対話でのコミュニケーションが必要とされているカウンセラーや社会福祉士、専門性の高いコンピュータアナリストやエンジニアなどの職業は、仕事として残る可能性が高いと論じられています。AI化やロボティクス化が進む中、今後一層需要が高まっていくのかもしれません。
野村総合研究所のレポート
また、野村総合研究所のレポート(外部リンク)でも10〜20年後に日本の労働人口のおよそ49%が就いている職業において、人工知能やロボット等で代替可能との結果が出ています。
代替可能性が高い職業には、主に受付係や医療事務、スーパーの店員などの事務作業が多い一方で、代替可能性が低い職業にはバーテンダーや俳優、アートディレクターなど創造性の高いものが挙げられています。次の表は、代替可能性が高い職業と低い職業を対比したものです。
代替可能性が高い職種:全職種の49% | 代替可能性が低い職種:全職種の51% |
事務員(一般・医療・経理など)・受付係・駅員・機械木工業・管理人(マンション・寮・駐車場)・金属加工業・建設作業員・自動車工(組み立て・塗装)・警備員・新聞配達員・測量士・タクシー運転手・電車運転士・路線バス運転士・配達員(宅配便・郵便・バイク便)・データ入力係・ホテル客室係・メッキ職人・レジ係 …etc | アートディレクター・グラフィックデザイナー・編集者・フリーライター・漫画家・シナリオライター・演奏家・ミュージシャン・料理研究家・フードコーディネーター・アナウンサー・放送ディレクター・報道カメラマン・セラピスト・作業療法士・理学療法士・犬訓練士・映画監督・舞台演出家・舞台美術家・俳優・テレビタレント・音楽教室講師・学芸員・ケアマネージャー・経営コンサルタント・医師・教員・保育士・幼稚園教諭・ネイリスト・美容師・デザイナー・学者・ツアーコンダクター・旅行会社のカウンター係 …etc |
参考:https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
人間が担うべき仕事の特徴
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では、AIやロボットの発展によって、将来的にどのようになっていくと言われるのでしょうか。『人工知能は人間を超えるか-ディープラーニングの先にあるもの』で著者の松尾豊氏は3つの時間軸で切り分けて述べています。
短期的(5年以内)
出典:『人工知能は人間を超えるか-ディープラーニングの先にあるもの』 p.230より(松尾豊著、KADOKAWA/中経出版)
5年以内の短期的な時間軸だと、人間の仕事に対してそのすべてを担うほどのAIが参入してくることはまだないと考えられています。ただ、一部の事務作業や会計作業等にはAIが入り込む余地はあり、現在のAIのビジネスへの浸透具合をみると現実的な予測です。
中期的(5〜15年)
異常検知というタスクは、高次の特徴量を生成できる特徴表現学習の得意とするところであり、「何かおかしい」ことを検知できる人工知能の能力が急速に上がってくる。たとえば、監視員や警備員といった仕事だ。明示的に監視するという仕事でなくとも、店舗の店員や飲食店の従業員でも、「何かおかしいことに気づいて対応する」という業務が仕事の中に織り込まれていることが多い。
こうした仕事は、基本的にセンサー+人工知能代替することができる。例外処理は例外処理で別につくればよくなるので、ルーティンワークの多くの部分は人工知能に任せることができるようになる。
出典:『人工知能は人間を超えるか-ディープラーニングの先にあるもの』 p.231より(松尾豊著、KADOKAWA/中経出版)
5~15年の短期的な時間軸では、まだルーティンでない仕事、つまりクリエイティブな仕事は人間の仕事として重要だと考えられています。クリエイティビティは人間の特有のものとして生き続ける可能性が高いです。
長期的(15年以上先)
1つは、「非常に大局的でサンプル数の少ない、難しい判断を伴う業務」で、経営者や事業の責任者のような仕事である。(中略)いろいろな情報を加味した上での「経営判断」は、人間に最後まで残る仕事だろう。
一方、「人間に接するインターフェースは人間の方がいい」という理由で残る仕事もある。(中略)最後は人間が対応してくれた方がうれしい、人間に説得される方が聞いてしまうなどの理由で、人間の相手は人間がするということ自体は変わらないだろう。むしろ人間が相手をしてくれるというほうが「高価なサービス」になるかもしれない。
出典:『人工知能は人間を超えるか-ディープラーニングの先にあるもの』 p.232より(松尾豊著、KADOKAWA/中経出版)
AIにとってはサンプル数、つまりデータ量が多ければ多いほど良い精度が出るという特徴があります。それゆえに、人間の経験値がものをいうような経営判断などではAIの入り込む余地は小さいと言えそうです。
また、サービス業などの「人間味」が重要視されるような仕事は依然として残るはずですが、相手が人間であるべき仕事とそうでない良い仕事の住み分けも起こるとも考えられています。
AIの発展は新たな仕事を創出する
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これまでは既存の仕事について話してきましたが、仕事はなくなるばかりではありません。AIやロボットが仕事に浸透してくることにより、新たに生まれる仕事があるはずです。
最近では、時代の変化とともにYouTuberやプロゲーマーなど、今までにない職種が生まれています。技術の進化とともに新たに仕事が生まれ、そして消えていく。一層入れ替わりの激しい社会になっていくのかもしれません。
デジタル、テクノロジー、コンサルティング、運用サービスなどのITサービスを提供するアメリカの多国籍企業アメリカのコグニザントがまとめた報告書、「21 JOBS OF THE FUTURE(外部リンク)」を見てみると、これからの時代に生まれうる職業が提唱されています。
Data Detective(データ調査官)
データ調査官はあらゆるデータを専門的に扱います。AIやIoT技術が発展することで、収集するデータは大幅に増え、大量のデータを解析し、クライアント企業に納品することを生業とします。これから、あらゆるもののデータを収集していく中で、データを適切に解析できる能力の需要が今後は高まっていくようです。
Augmented Reality Journey Builder(AR体験クリエイター)
AR(拡張現実)は昨今私たちの生活に浸透しつつあります。現在ではPokémon GOを始めとしたエンタメから、製造現場やスポーツの教育現場へのARデバイスの導入まで、これからの発展が約束されている領域です。
ARの発展とともに、AR体験をプロデュースする職業が生まれるかもしれません。彼らはAR世界での体験の脚本やデザインまでを手がけ、拡張現実体験を全体的にプロデュースします。
Artificial Intelligence Business Development Manager(AIビジネス開発マネジャー)
AIビジネス開発マネージャーは、AIビジネスを推進する役割を担っています。セールスやマーケティング担当者と連携しながら、顧客の要望・課題に対してAIを導入していきます。また、チームビルディングやプロダクトマネジメントなども彼らの仕事に含まれています。
AIはさまざまなことができますが、AIが自らを売り込むことはできません。AIに精通したスペシャリストが導入を支援しないことには、AIは浸透しないのです。
Walker/Talker(一緒に歩く相手/喋る相手)
AIやロボットが発達して多くの仕事を代替し、医療技術が発展することによって、人々はより健康に長生きすることができます。こうして平均寿命が伸び、健康な高齢者が増えた時、話し相手や一緒に歩いてくれる相手が必要となるでしょう。時間を共有しながら、他愛もない話をしてくれる“人”の存在はさらに価値を持つことになるでしょう。
人と関わったり話を聞いたりするのが好きであれば、そんな人の天職になりうるのかもしれません。
AI時代に注目度の高い仕事
AI時代に突入し「AI人材」と呼ばれる人々への需要が高まってきています。彼らはどのような職業なのでしょうか。現在需要が高まっている職種をいくつかご紹介します。
AI開発エンジニア
AI開発エンジニアはビジネス上でAIを適用する箇所を見出した後、高度なプログラミングスキルやコンピュータサイエンスの知見などを駆使し、データをAIが処理できるように適切な形で整理するといったシステム開発をすすめる役割を担います。AI開発エンジニアは前例の少ない開発テーマに取り組むことも多く、現在どの企業も欲しがる人材です。
データサイエンティスト
データサイエンティストはAIシステムを構築・運用する際に、学習データの質を理解して適切に教え込むためにも欠かせない人材です。膨大な情報・統計からバリューを見出し、AIにどのような「データ」を与えるかで出力される結果も変わっていきます。
データサイエンティストが現在注目されている大きな理由の一つは「ビッグデータ市場の拡大」です。社会の情報化が進んでいる今、ビッグデータ市場は拡大しています。それに加え、ディープラーニングの精度を上げるためには教材となるビッグデータが必要となります。そのためデータ分析・解析を行うデータサイエンティストは企業の競争力を左右する重要な役割を担うことになり、需要が高まりつつあります。
データエンジニア
AI開発やデータ分析を行う際には、利用するデータがきれいに整った状態であることが必須条件となります。データエンジニアの業務において、データを意味のある形に使えるようにし、AIの実装、運用までを担う力はどのような案件でも求められる重要なスキルと言えます。多くの企業がデータエンジニアを外注するケースが多く、自社でこのような人材を確保したいという企業は少なくありません。
事例から紐解く、現在のAIの導入段階
ここからは私たちの身の回りでどの程度AIが活躍しているのか、その一部を紹介します。
職人の勘や経験をAIが守る。養蚕業での初めてのAI導入を成功させた話
2〜3世紀に大陸から伝わってきたとされる養蚕業。1930年頃ピークだった生糸を支える蚕が存続の危機に瀕しています。蚕を育てて繭を作る養蚕業は、化学繊維の登場などにより需要が減少していきました。1930年の生産量は40万トンでしたが、2018年の生産量は110トンと非常に少なくなっています。
農家の高齢化や後継者問題によりノウハウの継承が困難になっているのも現状です。蚕の孵化卵の見分け作業は10名が1日中取り組んでも数日間を要する作業でした。しかし、AIによって、作業時間を6時間未満に短縮することに成功。1人で作業することも容易になりました。
この作業では、ソニーが提供するAI開発ソフトウェア「Neural Network Console」が使われました。Neural Network Consoleは、初心者でも簡単に操作でき、AIのハードルを下げることにも繋がっています。
「病気を治す」から「幸せになる」医療へ。人間を超え始めた医療AIの現在地
医療現場におけるAI技術の活用は、1970年代頃から模索されていました。現在では画像認識による効率性の改善と診断、検出精度が向上してきています。特に医療の現場でAI導入が進んでいるのが放射線科の領域です。CT画像から脳出血を検出するAIの認識精度はAUC(認識精度を表す指標)0.948。これは人間がじっくりと見て判断するレベルに相当します。この検出AIによって医師の診察時間を80%削減することが可能です。
現在の患者は、医療ケアを求める傾向にあります。医療ケアとは、「痛みをとってほしい」「病気の不安を解消してほしい」といったような悩みを解消し、生活を高めることを指します。しかし、AIの開発者は病気の発見や治療にフォーカスを当てて開発していることが多く、今後は個人に合わせた治療の提供ができるかが課題となっています。
300店のベーカリーに導入された画像認識AIレジの秘密に迫る
ベーカリーではパンを袋詰めするのと同時に、レジ作業を進めなければいけません。ピーク時は、大変混雑することもあり、お客様を待たせてしまうこともあったそうです。
株式会社ブレインのAIレジ「ベイカリースキャン」はお客様のトレイ上のパンを、画像認識技術を用いて自動でスキャン。識別されたパンは購入者側の画面に表示され、購入金額が表示され会計ができます。パンは3~4つ用意し、様々な角度から撮影し学習させることで、2~3分で登録ができるという導入のハードルの低さも特徴です。
導入後、レジの処理速度アップで売上が5~10%ほどアップしました。 店員2人 × レジ3台 = 6人の人員が必要だったものも、1人 × 3台 = 3人で人件費大幅削減。また、スタッフトレーニングではパンの種類/名前/値段/レジ打ちを覚えながらやることで、研修期間を1ヶ月から1週間に短縮しています。くわえて、レジ入力時間を1回あたり15秒 → 8秒に短縮できました。
AIの導入は進み続け、今の仕事は絶えず変化する
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レイ・カーツワイル博士が提唱した2045年問題は、AIなどの技術が、自ら人間より賢い知能を生み出すことが可能になるシンギュラリティが2045年に起こると予測し、提唱されたものです。つまり、これからおよそ20~30年ほどでAIはめまぐるしい発展を遂げているということです。
現在の新卒社員でも20~30年後は現役で働いている年齢です。定年の年齢も今後さらに上がっていくとも言われています。そのため、今を生きる私たちは仕事の未来を意識せざるを得ません。
本稿で紹介したAIと仕事の関係はあくまで予測の範囲は超えません。しかし、私たちの仕事のあり方に変化がもたらされるのは揺るぎようのない事実です。絶えず変化する社会に順応するために、AIに対する適切な知識と理解を持ち、時代に沿って仕事に柔軟に対応していくことが求められるのではないでしょうか。