近年、デジタルテクノロジーの進化は留まることを知らず、日進月歩で新たな価値を生み出している。そのなかでも、AI(人工知能)においては、これまで以上のスピードでビジネスのデジタル変革を進めており、存在感も高まっている。
世界に目を向ければ、DX(デジタルトランスフォーメーション)は多くの企業で実用化が進められている。しかし、日本企業におけるDXへの取り組みは、“周回遅れ”と言われるほどだ。
日本企業でのDXが進みづらい原因のひとつに、テクノロジーを理解した人材の不足や、全社横断型の変革を進められていないケースが挙げられる。
では、どのようにすれば日本流のDXを実現できるのか。エンタープライズAIプラットフォームを提供するDataRobot Japanは、「AI Executive Forum 2021 ビジネス変革を加速する日本流DX ~AI人財育成と組織化の実戦でDXは加速する~」と題したイベントを開催し、本イベント内のパネルディスカッションにて、「実践・推進者が語るDX推進の成功と失敗」などが語られた。
新設されたAIやDXを推進する部署はみんな孤独
パネルディスカッションに登壇したのは、ダイハツ工業株式会社 東京LABO データサイエンスグループ グループ長 太古 無限氏と、ヤマハ発動機株式会社 IT本部デジタル戦略部 主査 大西 圭一氏のおふたり。
最初に、ダイハツとヤマハ発動機はそれぞれで情報交換が活発に行われていると明かされた。
「デジタル戦略部という部門が親切されたとき、社外で孤立気味だったんですよね。ベストプラクティスが社内にあるわけではないですし、自分たちで作っていかなければいけない孤独感があるんですよね。他社様でもDX推進部などが設立されていますが、かなり苦しいのではないでしょうか。
我々ヤマハ発動機では、さまざまなツールを使っていることから、同じツールを使っている他社様に聞きに行ったんです。勉強させてもらうことはもちろん、“ひとりじゃない”と認識できたので、情報交換は非常に価値があることだったと思います」
「DXやAIにおいてつまずくポイントってどの会社様でも似ている部分があると思うのです。競争領域外の会社であれば、気軽に相談もできたりしますし、他社様の話を自分の組織に置き換えて『ここをこうすればいいのか』と発見できますので、ヒントを得られるという点でも社外との交流は非常に有益だと思います」
情報交換をするうえで、データの機密性などをうまく回避しながら進める工夫などはどのようにしていたのか。
「当然、守秘義務に関しては気を付けていることです。ただ、『車輪の再発明』は不要だと思います。しなくてもいい苦労はするべきではないのです。
我々としては、世の中で進んでいるものはいち早く取り入れたいですし、我々が得たものはきっちりと還していくような、ギブアンドテイクの関係を築いていくことが重要だと思います。
ダイハツさんと我々の関係性も、ビジネスでのつながりというよりは、組織と組織や、人と人とのつながりという側面のほうが強いです。このほうが互いの強みを持ち寄りやすい関係になるのかなと考えています」
「競争領域に関しては話せない部分は発生しますが、領域外については交流を重ねることでDXやAIがスピード良く進んでいくと思っています。人と人のコミュニケーションは大切にしたほうが良いと思いますし、私たちとヤマハ発動機さんだけでなく、我々の2企業からどんどん広まっていくこともおもしろいと思っています」
全社を巻き込んでAI・DXを推進させた2つの方法
2企業とも現場が起点にスタートし、いろんな人を巻き込みながらAIやDXの推進を進めていったそうだ。企業全体を巻き込むにはどのような工夫をしたのか。
「弊社の場合、トップダウンがあまりなく、現場が意思決定をして進めていく風土が強い会社です。
そのなかで、デジタル戦略部が立ち上がった当初は『データを使って何か会社を良くしたい』『デジタル技術で顧客によりよい価値を提供したい』と考えるメンバーが集まったと思っています。現場をよく知っている人間が集まり、さらに会社で働いている人たちを知っており、社内の課題や問題点も抑えられている人がいたことが良かったですね」
一方でダイハツの場合は、社内の技術研究会からトップに働きかけるボトムアップを行なったという。
「我々の場合は、技術研究会が発足されており、そこに集まったメンバーがAIに関心の高いという状況でした。このメンバー内で新しくAIの取り組みを進めたとき、まずはできるところから実践してみました。
ある程度事例が作れたときに、全社向けに事例共有会を開催しました。この共有会では成功した事例だけでなく、あえて失敗事例も公開したことで、『次はここを改善すれば結果は変わるかもしれない』などと発表していたのです。もちろん、この事例共有会自体も小さく開催しました。大きく始めるとクレームが来るかもしれないので(笑)。
徐々に会を重ねると、人も集まってきて、そのうち役員クラスにも声が届き、社長も参加するまでに至りました。そこから、トップ層の理解も深めてもらいました」
全社向けの研修ではあえて「Pythonを教えなかった」
ヤマハ発動機もダイハツもいまではAIやDXを推進する企業になったのだが、実際に事業に落とし込むうえで欠かせないのは人財(人材)だ。両社ではどのように育成したのか。
「今回はデータ分析に携わる人財育成についてしぼってお話させていただきますね。
データ分析というと、AIや機械学習ができる、Pythonが書けるなど、どちらかというとデータサイエンティストをトップに置くようなピラミッドを構想し、人材研修を進めていました。それこそ、1日8時間を20日間、通常業務から外れて朝から晩までデータ分析100本ノックみたいなことをやっていました(笑)
ただ、そこで翻ってみたとき、全社のデータ分析を支えるにはどれだけの人が必要なのか。全社の売り上げに関わるデータ分析をすべて網羅するのには現実的に不可能なのではないかと思ったわけです。そのとき、新型コロナウイルス感染症も発生し、集合して研修も進められなくなりました。
オンラインで研修をやらねばならなくなったとき、場所や規模も制限がないよね、となり、私たちは研修をどのように進めればいいのかと考え直しました。
社内では『AIの民主化』と表現していますが、そこで我々が実施したのはとにかくデータ分析への間口を広げて、全体のレベルを上げていくことが大事だと思ったのです。
ひとつのプログラムが全員に合うとは限らないので、層やニーズ、機能にあわせて研修プログラムを用意しています。プログラムは10個ほどございます」
研修を受ける社員目線に立ったプログラムを用意しているヤマハ発動機では、今後の研修や教育はどのようなブラッシュアップを考えているのか。
「ひとつは、結果につながることを大事にしていきたいと思っています。スキルや知識を向上させることと、現場で結果を出すこととは大きな谷があると思います。
いま弊社で実施しているのは、部門や現場で課題をもっている人にOJTとして来てもらい、徹底的にサポートして結果を出してもらう実践訓練ようなものを取り組んでいます。実現場への対応ですし、期限も切っているため如実に結果が出てきます。取り組みに対して必要なスキルは後から学べばいいというアプローチにしています。
結果が出れば、当事者はモチベーションもあがりますし、その上長も自慢したくなります。なので、いまでは“出口から入っていく”というアプローチに少しずつシフトしています。また、教育プログラム自体のROYも計って出していくようにはしていきたいと思います」
ダイハツでは、いまでは人事を巻き込んで大きく教育や研修を進めているそうだ。
「我々ダイハツでは全社で研修を取り組んでいますが、草の根活動から大きくしていくなかで、大きな壁がありました。それがAIを扱う上での最低限のリテラシーです。
このリテラシーをもってもらうために、人事といっしょにプログラムを作り、全社員に対してAIリテラシーを習得させる教育をすると人事に発信してもらいました。
そのなかで、ダイハツでの教育プログラムでは、単純に座学を進めるのではなく、自分たちでテーマを持ち寄って実践するグループワークをやりました。ここでのポイントとしては、全社向けのAI研修ではなるべくPythonを教えなかったのです。Pythonは人によって上達速度も変わりますし、せっかくDataRobotなどのツールを使っているのでツールを有効活用してほしかった、ということがPythonを教えなかった理由です。ただ、AIを実践していると、どうしてもPythonを使いたい場面があるので、そのような人たちには業務外の技術研究会でPythonを身に着けてもらいました。
大西さんのお話にもありましたが、AI研修はひとりひとりに合わせて変えていく必要があります。部署単位でも必要な部分も変わるため、深みの部分については各部署で進めていく……というスタイルを取っていました」
AIやDX推進の旗振り役、どうすれば育てられる?
ヤマハ発動機の大西氏やダイハツの太古氏のような人材は、さまざまな会社でAIやDXの推進のきっかけを作れそうだが、どうすれば“第二の”大西氏や太古氏を育成できるのだろうか。
「第二の太古さんや私という考え方はひとまず置いておいて良いかなと思います。結局、新しい活動をするときは、個人に紐づけざるを得ないと思います。どんなプロジェクトでも、始まるときは個人に左右されるものです。
ただ、さらに拡大するときのケイパビリティやキャラクターは、太古さんや私のような人たちではないと思っています。“0を1にする”人たちと“1を10にする”人は異なるのではないでしょうか。
うまく定義はできませんが、データやデジタルを活用して会社を良くしたいとか、的確な判断を出せるようにしたいとか、このような思いが強くあるかどうかが大事なのだと思います」
「いまの大西さんの話に尽きると思いますね。人や会社、ひいては日本をどのように良くしたいのか、このような思いがあるかどうかですよね」
登壇者
ダイハツ工業株式会社
東京LABO データサイエンスグループ グループ長
太古 無限 氏
2007年ダイハツ工業入社。パワートレイン制御開発部ユニット制御開発室にて小型車用エンジンの制御開発を経て、2020年から東京LABOデータサイエンスグループ長として、全社AI活用を推進する業務を従事。その他に、滋賀大学データサイエンス部インダストリーアドバイザーとして、社外におけるAI活用の普及活動にも努める。経営学修士。
ヤマハ発動機株式会社
IT本部デジタル戦略部 主査
大西 圭一 氏
2008年ヤマハ発動機入社後、二輪車事業において東南アジアを中心として海外工場の生産企画と製造技術業務に従事。海外留学を経て、コーポレートVC業務およびIoT関連の新事業開発を担当。現在は全社のDX推進を担うデジタル戦略部にて、デジタルマーケティングの戦略立案と実行、およびデータを活用した事業課題解決とデータ分析活動の民主化推進に従事。名古屋大学工学修士、マサチューセッツ工科大学経営学修士。