近年、盛んにDX(デジタル・トランスフォーメーション)が叫ばれるようになっていますが、海外に比べると進捗は遅れています。スイス国際経営開発研究所(IMD)が発表している「世界デジタル競争力ランキング2021」では、日本は64カ国中28位で、過去最低順位となりました。DXにはAI(人工知能)が欠かせませんが、このAI活用も日本では進んでいると言えないのが現状です。
「AIを社会に浸透させるには、どうすればいいのか?」
AIプロダクトを手がけるLINE AIカンパニーCEO 砂金信一郎氏と、アステリア株式会社 グローバルGravio事業部 事業部長 垂見智真氏が語り合いました。
LINE株式会社 執行役員/AIカンパニーCEO 砂金信一郎氏

砂金 信一郎(いさご しんいちろう)
東京工業大学卒業後、日本オラクル在籍時にERP導入プロジェクト多数と新規事業開発を、ローランド・ベルガーで戦略コンサルタントを、マザーズに上場したリアルコムで製品マーケティング責任者をそれぞれ経験。その後、クラウド黎明期からマイクロソフトのエバンジェリストとしてMicrosoft Azureの技術啓蒙やスタートアップ支援を積極的に推進したのち、現職。LINEのスマートポータル戦略実現に向けて、企業や社会と個々人の距離を縮めるビジネスプラットフォーム全般の啓蒙活動をしたのち、LINEのAI技術を広く外部にライセンス提供していく新事業LINE CLOVAの責任者を担当。2020年、AIカンパニーCEOに就任。2019年度より政府CIO補佐官、2021年よりデジタル庁プロジェクトマネージャーを兼任。 @shin135
LINE CLOVA https://clova.line.me/
アステリア株式会社 グローバルGravio事業部 事業部長 垂見智真氏
垂見 智真(たるみ ともまさ)
アステリア株式会社にてAI・IoTミドルウェア製品「Gravio」事業を統括。大学卒業後、産業機器およびPC関連外資系企業にてエンタープライズ向けのセールス、マーケティングに従事、各種トレーニングやセミナーの講師などを含む、さまざまなプロジェクトや製品の展開を担当。2015年にアステリアに入社、2018年より現職。
Gravio https://www.gravio.com/
日本社会のDXに欠かせないAIと、AIを使ってもらうために大事なUX
対談はオンラインで行いました。LINEの砂金信一郎氏(右)、アステリアの垂見智真氏(左)
──日本ではDXがバズワード化していて、あまり変革が進んでいません。同時に、DXを支える重要な要素であるAIの浸透もあまり進んでいないように見えます。この対談では、AIについてUX(ユーザー・エクスペリエンス)やハードウェア、ヴィジョンといった切り口で語り合い、AIを浸透させるためのヒントを見つけられたらと思います。
まずは、DXに欠かせないAIについて、どのように考えているか教えてください。
垂見氏:アステリアではDXを「ビジネスを変える行動変革を起こすもの」と捉えています。DXは単なるデジタル化ではなく、働き方、仕事の進め方が変わるようなバリュー(価値)があるもので、エンドユーザーがその価値を実感できるところまで深める必要があるだろうと。
その中でAIがどこまで役に立つのか。AIと一口に言っても幅広く、定義や認識も人によってずいぶん違っています。AIで文字を認識したり、人の動きを検出したり、可能性はいろいろあるものの、現時点では100%の精度は期待できません。が、この完璧ではないAIであっても、うまく機能する場所にフィットさせることで、人間の仕事が楽になったり、何か行動を変えられると考えています。
LINEさんではAIをどのように捉えていますか?
砂金氏:この図で説明すると、日本企業で多いのは、上側ですね。社長から「DXをやれ!」と言われて、DX推進部が「データとデジタルを使ってビジネス成果を生むんだ!」とがんばるケースですが、そんなに簡単にできるなら、みんなとっくにやっています(笑)。実際は、そのようなやり方では大した成果が出ないから、やめたほうがいいですよ、というのが私の意見です。
画像提供:LINE
海外でも日本でも、DXで成果を出している会社は、「ユーザー体験をよりよくするところ」にAIを活用しています(この図の下側)。一足飛びに「データ活用でコストを30%削減!」といった目標を掲げるところが多いんですが、うまくいかないDXの典型は「エンドユーザーのことをちゃんと考えていないこと」が原因だと私は思っています。成功しているところは「儲かる」とか「コスト削減」以上に、よりよいユーザー体験を作るにはどうしたらいいのかを考え、そのためにAIで最適化を図ろうとしている。私が見ている限り、それがDXとAIという文脈でうまくいっている人たちに共通する考え方だと思います。
たとえばコンタクトセンター向けサービス「LINE AiCall」を、運送会社の集荷受付窓口に採用していただいていますが、何か困ったことがあって電話してきたお客様が順番待ちをせずに、すぐにつながって問題を解決できました、ということが大事です。対応するのは人間ではなくてAIだったけど、「ちゃんと再配達の依頼ができてよかった」とか「疑問が解決してよかった」とか、満足度の高いユーザー体験を提供しなければいけません。
日本の住所は読み方がむずかしかったり独特の表記があったりして人間でも認識するのが大変なんですが、それに特化したAIを作りました。人の名前の読み方もむずかしいですよね。私も「砂金(いさご)です」と名乗ると、だいたい「ひさご様ですね」と言われます(笑)。そんなふうに「ちょっと面倒だな」「不快だな」と思うことが、コミュニケーションや作業を進める上でのスムーズさ、なめらかさを阻害しているんですよね。なので、ユーザー体験の中にある「ちょっと不便な部分」に、うまくAIの力を借りれば、最適化プロセスが早くなります。
また、AIが処理できるものがマルチモーダルで広がったことによって、PCやデバイスの画面の中だけではなくリアルな世界にどんどん広がっています。IoTデバイスを使えばセンシングできるし、画面の中だけでやってきた最適化から、日常生活の中のさまざまなユーザー体験をよくするためにAIを使って最適化することが可能になってきています。
──「エンドユーザーの体験を向上させる」という点で、垂見さんも砂金さんも同じ方向を見ていると感じます。
垂見氏:エンドユーザーに使われないと意味がないですからね。アステリアが提供しているエッジプラットフォーム「Gravio(グラヴィオ)」はサブスクリプションなので、日々改善がないと、お客様は離れてしまいます。そして、使い続けていただく上では「自分ごと」にできるUXが重要になりますが、アステリアはちょっと変わっていて、いろいろなお客様の声を集めてデザインする、ということはしていません。そうすると、お客様の意思が強すぎてしまうからです。
まずは「アステリアが考える最強のデザイン」で出してみて、その後にお客様のフィードバックを受けながら改良していくという設計をしています。グローバルで通用するUIを実現するため、アプリケーションのデザインチームもグローバルの組織としており、世界各国のデザイナーが最先端の知見を取り入れながら提供しています。
この考え方のベースになってるのが、弊社の「4D」と呼ばれている戦略です。Data(データ)、Device(デバイス)、Decentralized(ディセントラライズド。分散型、非中央集権型)、そしてDesign(デザイン)、この4つの領域に重点的に投資しています。デザインがよくないと使っていただけないので、そこは重要視しています。
画像提供:アステリア
砂金氏:「Decentralized(分散型、非中央集権型)が入っているのが、アステリアらしいというか、平野さん(アステリア株式会社 代表取締役社長 平野洋一郎氏)らしいですよね。
垂見氏:そこは平野「らしさ」です(笑)。創業時(1998年)から「自律・分散・協調の社会がくる」と言い続けていますから。アステリアでは「Centralized(中央集権型)」な製品は出てきません。どの製品もマルチコネクタブルですし、あちらこちらで自由にやっていて、必要なときだけつながるというイメージ。そのために誰でも使えるようにユーザビリティを上げています。
砂金氏:今、Web3でDecentralizedと言われはじめていますが、アステリアさんは何十年も前からそこに技術の根っこを置いているので、プロダクトとして芯がすごくしっかりしているなと感じます。
まわりの人にシェアしたい「WOWな体験」はあるか?
──プロダクトのデザインを考えるときに「顧客の意見を聞かない」というのはユニークですね。では、LINEのUXに対するアプローチについて教えてください。
砂金氏:ユーザー体験をよりよくしていくための1つの指標として、LINEには「WOW(ワウ)」という考え方があります。「WOW」とは「初めての体験で、まわりの人に教えて共有したくなる体験」のことです。どんなに儲かるビジネスだったとしても、「ユーザーや世の中にとってWOWがないから」という理由で却下されるプロジェクトもたくさんあります。
最近、LINEが提供開始した「CLOVA Note」も、Twitterなどでエゴサーチすると非常によい評価が多くて喜んでいるんですが(笑)、「これ、すごく便利だよ!」とユーザーの方がシェアしてくださっている。AI技術であることをとくに謳っているわけではないので、AI技術だと意識することなく使ってくださっている方も少なくないと思います。ただ単に便利な「録音アプリ」「文字起こしサービス」として使ってもらえたら、それでいいんです。あとで「これってAIだったんだ」と気づいてくれたら、さらにうれしいなと。
私たちがエヴァンジェライズ(よさを伝えること)しなくても、使ってみてくださったユーザーが自然に「このアプリ、すごいよ!知ってる?」とまわりの人に広めていってほしいと考えています。そのためにWOWがあるプロダクトを作って、改善し続ける。改善し続けないとずっと使い続けてもらえないので。
その点で、大事なのがアクティブユーザーです。登録数ではなく、実際に使ってくれているユーザー数を意識しています。受託開発のような形のプロジェクトだと、求められたものを納品して終了ですが、コンシューマー向けサービスの場合、アプリを世に出したら終わり、ではなくて、そこからが本格的な勝負です。ユーザーがアプリをダウンロードした後、次の日も使ってくれたのか、週に何回使ってくれたのか。「飽きたのかな、忙しかったのかな?」とか、いろいろなことを考えながら、デイリー、ウィークリー、マンスリーのアクティブ数をすごく気にしています。現時点でお出しできる最高のUXをお届けしているので、それが実際にユーザーのスマートフォンの中、PCの中で使ってもらえているのか、ということをすごく重要視しています。
LINE CLOVAが掲げているのは「ひとにやさしいAI」です。この「やさしい」という言葉はふわっとしていて主観的な形容詞なんですが、それを実現するために私たちがやっていることは、プロジェクトごとにKPIを細かく設定したり計画的にクリアしていくという、ものすごく地道な作業です。
目的のためにAIを使ったほうがいいときはAIを使うし、ルールベースのほうがいいときはルールベースを使います。AI開発って一見かっこよさそうに見えるんですが、すごく泥くさいし、大変だし、面倒くさいんです(笑)。みなさんが面倒くさいと思うことを減らすために、私たちは面倒くさいAI開発をする必要がある、ということですね。
──「ひとにやさしい」というのは「ユーザーに使ってもらえる」という意味でしょうか?
砂金氏:「ひとにやさしくないAI」はずっと使い続けてもらえません(笑)。私たちがめざすAIは、使いこなすために筋トレが必要で、触ったらケガをしそうなマッチョで巨大なAIマシンとかではなく(笑)、「気に入って毎日使っていたんだけど、あとで気づいたら、性能のいいAIだった」というふうな、ごく自然な使われ方を実現したいと思いますし、それではじめて「人にやさしいAI」になれるのかなと。
ノーコードツールがあれば現場ユーザーがAIシステムを構築できる
──AIを広く普及させるためには、ユーザーのニーズに合わせて、カスタマイズしたり開発したりすることも必要になってくると思います。AIシステムをユーザーが構築することはできるのでしょうか?
垂見氏:アステリアの製品は、誰でも使えるようにしたいと考えています。ITリテラシーの大小にかかわらず、誰もがデジタルやITの恩恵を受けられるようにしたい。エンドユーザーの方が幸福になれるように、AIが「光明」になることが理想です。というと、ちょっと大げさかもしれませんが、デジタルの力で仕事を効率よく終わらせて、早く家に帰ったりプライベートを充実させていただきたいと(笑)。
AIによって自動化できることは世の中にたくさんあると思います。ただ、AIにせよIoTにせよ、使いこなすためにプログラムを書く必要があると、どうしてもハードルが高くなってしまいます。今から学校でプログラミング教育をスタートしても、その成果が表れるのは、まだまだ先になるでしょう。
そこでノーコードツールが必要になると考えています。プログラムを書かなくても、AIやIoTを使えるようになるのが、Gravioをはじめとするアステリアの製品です。Excelだったりブラウザのように、誰でもマニュアルを見なくてもだいたい使える、というようにしたいですね。
砂金氏:私たちのLINE CLOVAというチームが提供している、領収書や請求書に特化した「CLOVA OCR」という認識系のサービスがあるんですが、実際に使ってくださるのは情報システム部ではなくて、経理部の人たちです。プログラムを書けるわけではありませんので、ノーコードツールは必須だと思います。LINE CLOVAでは、現場の人たちにもすぐに利用してもらえる「CLOVA OCR Reader」というノーコードツールを提供していたり、現場でよく利用されている会計ツールなどのベンダーさんと連携して、AI-OCRをそのツール内の機能として組み込み、自然に利用できるようにしたりしています。
HyperCLOVAを使い、文章の要約をしたところ。元の文章にはなかった単語やフレーズも使って要約を生成
最近、AIの作り方も変わってきていて、AIの作り手側としても、ノーコード化が進んでいるのを感じます。いわゆるGPT-3(Generative Pre-trained Transformer 3)と呼ばれる生成合成系のAIで、私たちが作っている「HyperCLOVA」という大規模汎用言語モデルがあるんですが、今までの作り方なら、専門家たちが寄ってたかってバリバリにチューニングしたものを「これでどうですか」と出してたんですが、その作り方は、しんどすぎると。
もっと効率化するために、GPT-3のアプローチはすごくよくて、まず巨大なAIを作っておくんです。そして「こういう目的があってこういう答えがほしいから、生成してくれませんか」と問いかけて作っていく。そのときにFew-shot Learning(少ないデータで効率よく学習する)をするんですが、プログラミング言語ではなく自然言語で書けばよくて、もはやプログラミングは不要なんです。いずれはコーディングなしでAIのモデルを作れるような世界が実現しそうな感じになってきています。
──AIに関してだと、「エッジかクラウドか」という問題もありますね。現場でデータを処理して高速にレスポンスするか、すべてクラウドに上げて高性能なコンピュータで解析するか、このあたりはどうお考えですか?
垂見氏:大規模なAIとIoTのシステムであれば、エッジ側にも高性能なリソースを用意しますが、予算にはおのずと限界があるのではないでしょうか。みんなが1000万円、2000万円といったエッジコンピューターを用意できるわけではありません。
そこでアステリアでは、AIの推論を構築する際はクラウドで処理しています。脳みそをつくるところだけはクラウドで行い、エッジ側にデプロイしています。「エッジかクラウドかどちらか」ではなくハイブリッドで活用しています。LINEさんはどうですか?
砂金氏:最終的には、最適な形で分散されていくのではないでしょうか。エッジコンピューターと言っても、シングルボードPCベースのIoTもありますし、スマートフォンもあります。iPhone 13やAndroidのハイエンド端末は、もうそこらのPCよりも高性能です。端末の幅が広いので、エッジとクラウドは段階的にグラデーションになると思います。
LINEが作っているHyperCLOVAは、よくも悪くも最速のGPUと多くのメモリを使わないと、大規模な言語モデルの学習が完了しません。実用的なAIを構築しようとすると、大規模なコンピューティングリソースで、ある程度の精度が出るようになってから、エッジで動作するようにコンパクトにしていくのが一般的なアプローチです。スマートフォンを中心にエッジコンピューターの処理性能は日々向上しているので、ある程度の推論は単体で処理できるようになると思います。とはいえ、エッジコンピューター側の電池や処理性能には制約があるので、大規模なモデルの学習には不向きです。エッジとクラウドを連携させる必然性はますます高まってくるのではないかと思います。
AIをなめらかに浸透させていく。LINE AIプロダクトとGravio
──アステリアさんとLINEさんが手がけるAIプロダクトについて教えてください。
垂見氏:AIという切り口で言うと、Gravioではカメラの映像から画像推論を行っています。AIで人数をカウントしたりしているのですが、実はあまりAI、AIとは謳っていません。アステリアでは、AIのことをデータを取るための1つの手法だと捉えており、ソフトウェアセンサーということもあります。IoTセンサーからのデータもAIで解析したデータも、同じプラットフォームの上で扱えることが重要です。
「AIとIoTがなめらかに社会に浸透していく」ことをめざしているので、月額500円からと試しやすい価格設定にしており、Gravioの導入障壁をできるだけ下げたいと考えています。
砂金氏:「Decentralized」は美しい思想だと思います。各種センサーやカメラ、デバイスなど、Gravioでいろいろなものをつなげることで、「データの地産地消」ができるようになっていくといいなと思います。最小構成でデータを取って学習を回してAIモデルを作った上で、デプロイして動かしてみようというアプローチは、多くの人が簡単に使い始めやすいと思います。「みなさん、どんどん使ってみるといいですよ」っていう感じです(笑)。
垂見氏:LINEさんのAIプロダクトも「LINE AiCall」はコンタクトセンター向けだし、「LINE eKYC」は金融業界向けでバリエーションに富んでますよね。
砂金氏:LINE CLOVAの各種プロダクトでやろうとしているのは、「コミュニケーションとプロセスをよりスマートにしたい」ということです。コンタクトセンターでの本人確認などの処理は、コミュニケーションとプロセスの合わせ技で、それをAIでやりきるのはすごく難しいタスクなんですが、そういう課題のあるところで、私たちの力が活かせそうなところの優先度を高くしてAI開発をしています。
そして、よいAIができたときに、私たちだけではエコシステムとして届けられない部分があります。またお客様側がSIerさんに開発を頼むと、コスト負担が大きくなってしまいます。そこで、エンドユーザーがノーコードツールを使って、自分たちでシステムを構築できれば、すごくいいなと思っており、その点でGravioにはとても期待しています。
垂見氏:私たちとしてはAIをAIと感じさせないようなかたちで、なめらかにAIを使っていただきたいと考えています。今後も、ITの力でいかにして行動変革を実現できるかという目線で、ソフト・ハードの両面で製品およびサービスを提供していきます。
対談を終えて
手がけるプロダクトはまったく異なるLINEとアステリアですが、AIについての考え方には通じる部分が大きいと感じました。どちらも、ユーザー体験を向上させるためにAIを活用し、当たり前のようにAIを使ってもらい、社会に浸透させていこうとしています。日本でもAIが広く活用されるようになり、DXが大きく加速するのもそう遠くないかもしれません。
構成・文/柳谷智宣