「漁師の勘」をAIが超える。スマート漁業を実現する大規模養殖の全貌

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世界人口の増加や食生活の多様化により、魚の生産量と消費量が年々増加しています。世界の水産資源はすでに枯渇しているため、天然資源の漁獲を増やすことができず、養殖業に注目が集まっています。

そんな中、人間が把握しきれない海中の状態をAIで分析する試みが進んでいます。環境の変化や魚の状態の把握が、養殖業の経営を安定させるカギとなります。

世界の水産資源は枯渇。大規模な養殖に注目が集まる

日本では欧米の食生活が浸透し、「魚離れ」が進む一方、世界では、健康意識の高まりや生活水準の向上により、魚介類の消費が増えています。過去50年に、中国では約8倍、インドネシアでは約3倍に水産物消費量が増加し、新興国を中心とした伸びが目立ちます。

しかし、世界の海洋水産資源の約90%は、生物学的に持続可能なレベルの上限近く、または上限を超えて漁獲されており、天然資源の漁獲はこれ以上増やせません

そこで注目されているのが、沖合での大規模養殖です。養殖用の漁場は一般的に、海象が穏やかで、人目が届き、管理しやすい沿岸に設置されていますが、漁場を沖合に移すことで、従来養殖ができなかった海域を有効活用し、より大規模な生け簀の設置が可能となります。

海象が厳しく、養殖には向かないといわれる沖合で、大規模養殖の実現に向け奮闘する新日鉄住金エンジニアリングのお二人にお話を伺いました。

松原 淳一
新日鉄住金エンジニアリング株式会社 ソリューション共創センター 養殖システムビジネス部 部長


清水 貴広
新日鉄住金エンジニアリング株式会社 ソリューション共創センター 養殖システムビジネス部 企画営業室 マネージャー
――清水
「我々は、石油や天然ガスを発掘するための洋上プラットフォームを建設する技術を有しています。それを沖合の波風に耐え得る大規模養殖用のプラットフォームの建設に応用しています。

自動給餌システムや生け簀の耐波浪性能など、ハード面の実証実験を終え、現在はAI関連技術を含めたソフトウェアのブラッシュアップを進めています。

実験の対象である銀鮭のシーズンが冬なので、これから本格的にデータ収集が始まります」

岸から遠く、環境変化の把握が難しい沖合でも、プラットフォームとAIを組み合わせることで環境モニタリングと大規模養殖が可能になります。

収支に直結する餌やりを最適化

――具体的に、どこにAIが使われるのでしょうか?

――清水
「主に、給餌の自動化にAIを活用します。

  • 水温
  • 塩分濃度
  • 気象条件
  • 潮汐
  • 風向
  • 風速
  • 二酸化炭素量
  • 月齢

などを含む多くの環境要素が、魚の食欲に影響すると考えられています。効率的な養殖のため、これらの要素をAIで分析し、その日の魚のコンディションにあった給餌を的確に判断します」

膨大なデータの中から相関関係を見出すのはAIの得意分野です。今まで『漁師の勘』を元に運用されていた給餌が、AIにより体系化最適化されます。

高齢化や後継者不足によって、暗黙知やノウハウが消失してしまうリスクも減らせそうです。

提供:新日鉄住金エンジニアリング株式会社

――清水
「従来のように『漁師の勘』で給餌すると、どうしても食べ残しや餌不足が発生します。すると、食べ残しで環境を汚染したり餌不足で魚の成長が遅れたりします。

センサーを設置し、環境をモニタリングすることで、その日の魚の食欲をAIで予測しようとトライしています。魚の食欲がわかれば、タイミングの良い給餌で魚の成長速度を早めたり、少ない餌で魚を成長させられたりします。それが、売り上げアップ餌代の削減に繋がります」

AIで環境要素を分析することで、人間が把握しきれない環境の変化を捉えられるといいます。特に餌代は養殖にかかる支出の約60〜70%を占めており、餌代の削減は収支の改善に大きく貢献します。

――松原
「その日の環境条件と実際の摂餌量から導き出した給餌レシピで、自動給餌できるのが理想ですね。まだデータ収集を始めたところで、一見すると食欲に関係ないようなデータまで集めて分析することにしています」

自動給餌プラットフォームとAIによる最適給餌を組み合わせることで、沖合で効率の良い養殖が可能になります。

少ない手間で、大規模な養殖が実現すれば、日本周辺の豊かな漁場環境を生かし、海外への輸出にも対応できそうです。

魚の体重を水中カメラの映像からリアルタイムで管理

――松原
「環境要素だけでなく、魚の体重も餌の量に関係する大切な要素です。体重を間違えれば、間違った餌の量を与えてしまいます。現状、1つの生け簀に約5万尾飼育されているとすると、うち約200尾の魚の体重をランダムで確認していますが、大変な労力がかかっています」

――従来、魚の体重はどのように計測されるのでしょうか?

――松原
「ステレオカメラで撮影した映像をオペレーターがコマ送りしながら鼻先や背びれの切れ目など所定のポイントをプロットすると魚のサイズがわかります。これが非常に手間のかかる作業で、養殖事業者の負担になっています。今回はNECに協力いただき、この手間のかかる作業をAIで自動化する技術を試験導入しています」

5万尾のうちの200尾というと、全体の0.4%しか抽出できていません。たった0.4%から全体の体重を推定しても、かなりのズレが発生します。魚の食欲を把握できていたとしても、体重を間違えてしまっては餌の正確な量がわかりません。

――松原
「ステレオカメラで得られた魚のサイズを体重に変換するためには、漁場ごとの魚の特徴を反映した魚体重換算式が必要になります。

この換算式を得るため、実際に養殖場で、魚長と魚体重を1尾ずつ測り、2000尾分のデータを集めました。AIというと、なんでもスマートにできる、なんていうイメージがあるかもしれませんが、現場は泥臭いですね」

今まで、データの蓄積が十分ではなかったため、実際のデータを集めるところからスタートしたと、松原氏はいいます。

データ有用性の判断がカギ

提供:新日鉄住金エンジニアリング株式会社

――清水
「沖合養殖にAIを活用する取り組みは始まったばかりです。収集している膨大なデータからどんな相関関係が見えるようになるのかも、まだまだ未知です」
――松原
「海中では、陸上よりもデータを集めるのが圧倒的に難しい。当たり前かも知れませんが、直接見られない海の中の状況がAIで見えるようになるのは、養殖産業にとっては大きなことなんです」

『漁師の勘』に頼る作業がAIで体系化されることで、より効率的な大規模養殖が実現し、世界の食糧危機をも救う技術になり得ます。

人間が把握しきれない環境の変化まで、あらゆるセンサーを使ってデータを集められるのがAI時代。データの有用性を判断し、ビジネスに活かせれば、AIは私たちの生活やビジネスを変える大きなツールであるのは間違いありません。

「大規模沖合養殖システム実用化研究」は、『「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業』に、採択され、農研機構 生研支援センターの支援を受けながら、産官学が共同で研究をおこなっています。

  • 産:新日鉄住金エンジニアリング(株)・日本水産(株)・弓ヶ浜水産(株)・黒瀬水産(株)・パナソニック(株)
  • 学:東京大学生産技術研究所・公立鳥取環境大学・米子工業高等専門学校・宮崎大学
  • 官:鳥取県栽培漁業センター・宮崎県工業技術センター・宮崎県水産試験場

    Source:
    平成29年度 水産白書