2018年7月26日、レッジが六本木アカデミーヒルズで開催した『THE AI 2nd』。「未来ではなく、今のAIを話そう。」をテーマに、企業が本気でAIを導入するためのノウハウやツール、導入事例を集めた大規模なAIカンファレンスです。
株式会社レッジが「未来ではなく、今のAIを話そう。」というテーマで主催する、大型のAIビジネスカンファレンス。具体的すぎたり抽象的すぎる話ではなく、ビジネスにおいてどの程度のコストで、どこまで活用可能か? という視点で、AIのスペシャリストたちが語ります。
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多くのプログラムの中から、この記事では日本マイクロソフトのセッション「日本の事業価値を(再)創造するマイクロソフト AI」のエッセンスを紹介します。
日本マイクロソフト株式会社 / シニア プロダクト マネージャー
文学部哲学科卒、元SE。2001年Windowsのソースコード見たさにマイクロソフトに転職。デベロッパーエリア中心にカーネルからクラウドまで一通り経験後、マーケティングに転身。IT知識がない人も含め、誰もがAIを使いこなせる世界を目指している。
日本企業のデータ活用は進んでいない
「AIの民主化」を合言葉に、AIを誰にでも簡単に扱いやすくするツールが次々に登場しています。
今回の講演でも事例とともに紹介されていた、MicrosoftのCognitive Servicesもそのひとつ。ブース出展している企業に取材していて「AIプラットフォームはMicrosoftのAzure(アジュール)上のサービスを使っています」という答えが返ってくることも珍しくありません。
Microsoftが提供するクラウドプラットフォームで、Amazon Web Services(AWS)、Google Cloud Platform(GCP)と並ぶ3強の一角。ストレージ、コンピューティング、データベース、データ分析、IoTなどのクラウドサービスの集合体。マルチクラウドをまたがる ID 連携も得意で、BI ツール内でシングルサインオンできるなど、複数サービスを複合的に活用して企業課題を解決する。AI環境も充実しており、GPUインスタンスや、Deep Learningのトレーニング基盤として、Azure Batch AIや、機械学習(ML)やディープラーニングのツールやサービス、学習済みAIであるCognitive ServicesやSearch、Webサイト、アプリ、Cortana、Microsoft Teams、Skype、Slack、Facebook Messenger などで自然なやりとりができるインターフェースとなるAzure Bot Service等を提供している。
多くの場合AIはビッグデータの分類やデータに基づいた将来予測を行うために活用されるため、データの蓄積や活用が進まない環境では成果が見えづらいという問題がしばしば起こります。日本においても現状、企業のデータ活用状況はあまり芳しいものではないようです。
「総務省のデータでは、2種類以上データを組み合わせて分析している企業の数は、日本全体で3割弱だそうです。今やIoTという言葉は当たり前になりつつありますが、実際こうした非構造化データや、たくさんのオープンデータがあるのに、相関関係を見ないというのは、とても残念なことです。」
活用されているデータも多くが顧客データ(46.7%)や経理データ(45.6%)で、アクセスログでさえ14.1%、センサーデータ(IoTデータ)に至っては1.3%に過ぎないんだとか。
ほとんどが帳票などで「過去」の数字を見て、将来の一手を判断している方も多くいると思います。しかし、オープンデータと、自らのデータを組み合わせ、さらにBIでダッシュボードを作ってみる。既存システムはそのままで、AIとアウトプット(BI)を「ちょいのせ」することで、「リアルタイム」と「未来」を見ることが可能になるとのこと。
AI利用に必要な計算資源、ストレージは一昔前はとんでもない価格で提供されていましたが、今や必要な時だけ使うことができるのはクラウド時代ならではです。そんな状況だからこそ、データとツールを活用している企業は業績が良好な傾向にあるそうです。
「アメリカ本社の調査で、データ分析能力の高い企業、つまり高度な分析のフレームワークを使い、その上で意志決定をしている企業かどうかで差を見ると、経常利益ベースで100ミリオンドル(約110億円)の差が出るそうです。」
(※Keystone Research ホワイトペーパーより)
伊勢にAIで経営予測している中小企業がある
そうは言っても、「データ活用と言われても、具体的にビジネスにどう利用すればいいの?」という疑問が浮かんできます。今回のセッションではこの疑問に答える最適な事例が紹介されていました。三重県伊勢市で食堂と土産物店、屋台を営む老舗企業、有限会社ゑびやでのAzureを使ったデータ活用事例です。
データ活用に取り組む前のゑびやは社員が10数人、アルバイト・パート従業員を合わせても40人ほどのローカルな会社で、「経験と勘」で経営判断を行っている状況だったそう。しかし経験と勘に頼った経営は、大きく分けて以下3つの課題を生んでいました。
- 団体ツアー客の影響もあってピークタイムが読みづらく、適正な人員配置ができずに人件費がかかっていた
- メニューは23種類。お膳ごとに小鉢も違って準備に時間がかかり、クレーム対応も必要だった
- 売り切れによる機会損失と廃棄ロスが出ていた
ゑびやでは以下のデータを根拠に来客数や注文数を予測するため、ExcelにCognitive Servicesの来店状況やPOSデータやサイトへのアクセス数など毎日125項目のデータを手入力(一部Power BI Desktop)し、ダッシュボード化を進めていました。
そしてCognitive Servicesベースのソリューション(アロバビューコーロ)のエンドユーザーとしてMicrosoftのイベント登壇をきっかけに、Microsoftで2日間のワークショップを実施。以下のスキルを習得していったそうです。
- データ取得技術習得
a. webから自動的にデータを集めるスクレイピングのプログラムをAzure Functionsで作成
b. データをSQL DatabaseおよびCosmos DBにて蓄積
c. 予測ロジックをAzure Machine Learning Studioで構築 - マイクロソフト「Power BI Web」「Power BI Embedded」でデータをビジュアル化
- AIによる顧客画像解析システム「アロバビューコーロ」で属性把握
- 独自の来客予測AIを開発、株式会社 EBILABを設立、『Touch Point BI』をリリース
来客予測は400種類ものデータを集めて取捨選択と重み付けをおこない、90%以上の精度を実現しているとのこと。機械学習には各データが売上や集客数といった結果にどの程度影響を与えているかを分析するライブラリもあるため、影響がありそうなデータを試してみることもできます。

「店内カメラの映像をマイクロソフトのCognitive Serviceで画像認識する『アロバビューコーロ』というサービスで男女や年代、新規かリピーターかといった属性データを取ります。
そして、気象庁による気温や降水量などのオープンデータ、近隣の宿泊客数、スマレジのPOSデータ、食べログや自社サイトのアクセス数などをスクレイピングで集めてAzureのデータベースに格納し、Azureマシンラーニングで機械学習させ、予測をしてBIで表示、というシンプルな構成です。」

「ピークタイムを把握できれば、そのピークタイムに何人配置すればいいかが割り出せます。そしてメニュー単位で注文数を予測して、半調理品などは朝のうちに全部並べてしまい、刺身や肉は提供直前に切る形になりました。」
結果として、料理の提供時間が3分の1になり、回転数が3倍に。結果としてクレームも減り、従業員の精神的な負担も減ったとのこと。こうした小さな改善を重ねつつ、作業時間軽減により生まれた時間に新事業のアイディアや商品開発など、クリエイティブな仕事を当てることができるようになった結果、売上が4倍、利益率が10倍以上に。もちろん、商品開発の際のカスタマー属性などの定量判断にもAIは生かされたとのことです。
商品開発やディスプレイ選択にもAIを活用
土産物店では、自社企画・開発するため、最小ロットと損益分岐点のバランスが重要。ここで、Cognitive Servicesベースのカメラソリューション「アロバビューコーロ」が、ディスプレイの効果測定、商品開発、棚替えなどで活躍しているそう。たとえば人間の場合、入店者の年齢を見分ける能力は人によってばらつきが生じますが、AIを使えば一定の精度で識別できるので、データとして使いやすくなるというメリットもあります。
「ここでポイントとなるのが、購買へ至るカスタマージャーニーのポイントである通行客、入店客、購買客の3つの属性が取れることですね。ディスプレイが果たしてターゲットに対して響いているのか、実店舗だと見えづらいので、そこをAIで定量化できるのです。」

ディスプレイの前でとった個客属性に、表情から幸福度を判定し、さらに購買データとマッチングすることで、商品ディスプレイの有効性、商品の組み合わせ、ついで買いや廃盤商品の判断などをデータに基づき定量的に判断することができるようになります。実際、こうした分析を組み合わせることによって、新たな商品開発を行っているんだとか。
成功するAI開発、失敗するAI開発とは
ゑびやの事例の凄みは、画像認識とディープラーニングで400の変数を試すなど、技術的な過程は高度なのに、結果のBI出力がいたってシンプルなものになっていることです。
さらに、当初はカスタムAIを利用していたものの、将来的なマーケットの変化についていくために、カスタムロジックを極力排し、学習済みAIや、Azure Machine Learning Studioに切り替え始めているそう。Azure Machine Learningは、現在フロアでウエイトレスをされている女性が、一冊の本をもとに勉強しつつ実装しているそうです。
「最初、社長が『明日何人来るかという予測をつくってみました』と従業員の方に言ったとき、『私たちが知りたいのは明日何人来るかではなくて、シフトを組むために時間ごとにどう変わるのかです』という反応だったそうです。立場によって見るものが違う。つまり、アウトプットは誰のためなのかを考えて、正しく活用できる形にする必要があります。」

「ゑびやの社長さんに、AIでビジネスが成功する方法を聞いたところ、失敗パターンはオーナーが『とりあえず会社を変えたいからAIを』と、無理やり組み込むことだそうです。たしかにトップダウンの場合、よほど現場の人が頑張らないと、現場の課題まで行き着かないことが多いです。もしくは一部門オンリー。それでは全社に広がりません。」
特に、「とりあえず」というスタンスなのに、スモールスタートではなくいきなり大規模にAIを導入してしまうこと。そして、トップダウンで落とす際にありがちですが、現場の課題を一連のビジネスプロセスを通じた課題解決とせず「とにかくいれる」のは、ありがちな失敗パターンだと言えるでしょう。
「成功パターンは、何が課題なのをまず明らかにした上で『本当にAIで解決するのか』を検討してから進めること、とのことでした。私も賛成で、無理にAIを組み込むのは止めたほうがいいです。課題がわからない状態なら、現状をExcelなどで分析する。
その上でビジネス動線の各ポイントの関係者が集まってタスクフォースをつくり、『本当に役に立つのか?どこまでやるのか?』を検討し、訓練もしてから導入します。現場が使えてはじめて意味があるものですから。」
ゑびやの場合、メニュー企画、調達、調理、給仕、お客様対応といった、ビジネスプロセスごとのステークホルダーがいます。ステークホルダー全体で課題を俯瞰して、AIで何ができるのか、そもそも本当にAIが最適な手段なのかを考える流れが重要であるということなんですね。
ひとりひとりのアイデアが世界を変えるかもしれない
驚くべきは、ゑびやには最初からITに詳しい人間はいなかったという事実。IT化を推進した社長は商学部卒で前職は某通信キャリアの人事と営業、店長がデータベース担当。日々の来店予測を担当しているフロアマネージャーの女性は英文科卒で本1冊を1カ月勉強しただけだとか。
それがAI来客予測のシステムが立ち上がって5カ月、ほかの会社からシステムを使いたいという要望があり、株式会社 EBILABという新しく会社を設立して、SIerとしてもスタートを切るという、従来のSIのスピードでは考えられないようなことになっています。
「EBILABは弊社のスタートアップ支援プログラムに登録され、本国のイベントにて大トリで動画で紹介されるなど、日本の一地方のローカルビジネスであるにもかかわらず世界に通用し始めています。『大手企業だけ相手にしているんじゃないの?』という思っていた方がいたら、それは違うとわかっていただけたと思います。
皆様ひとりひとりのアイデアが、世界を変えることができるのです。今ここにいる皆様も、そして皆様にかかわっている方々も、誰もがご自分に世界を変えるチャンスがあるということを胸に、ぜひ今後の技術革新と未来にワクワクしていただければと思います。」
たしかにワクワクする事例でした。ビジネスで何を成し遂げたいかという「物語」と、なんとなくではない、定量的な判断を支える「数字」。そしてそれを生かすためのクラウドを既存のシステムに「ほんの少し」足すだけで、まったく新しい事業価値が生まれる。それは、企業の歴史ではなく、「今」を生きる人の思いがあればこそ。ゑびやの事例はそのことを強く感じさせてくれます。
『THE AI 2nd』講演資料もダウンロード可能
『THE AI 2nd』に登壇したほかの企業の講演資料は、下記からダウンロード可能です。