公共
デジタル民主主義で10万人以上のコミュニティの効率的な意思決定を可能にする 安野貴博インタビュー
:::box 国内最大級のAI(人工知能)関連メディアLedge.aiが、2024年の年末から2025年の年始にかけて公開した参加費無料の年末年始特集「Ledge.ai 24to25」。 本特集ではサイト内で掲載していた、業界をリードするキーパーソンへの特別インタビューや書き下ろし記事など、見どころコンテンツの全文を公開する。 ::: AIエンジニア、起業家、SF作家の肩書を持つ安野氏が、知名度ゼロの状態から東京都知事選で約15万票を獲得したニュースは、日本に衝撃を与えた。安野氏のAIとIT技術を駆使した選挙活動により、政治とテクノロジーの親和性が注目され始めている。 本インタビューでは、安野氏に東京都知事選での成果を振り返っていただきつつ、デジタル民主主義の未来や2024と2025以降の注目AIトピックスなど、幅広く語ってもらった。 ※インタビューは2024年10月7日に行われた。 :::box ![安野さんプロフィール写真-150×150.jpg] **AIエンジニア、起業家、SF作家** **安野 貴博** 「テクノロジーを通じて未来を描く」活動をしてきたAIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を二社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。2024年東京都知事選に出馬、AIを活用した双方向型の選挙を実践。 ::: 【目次】 - 都知事選での成果 - 東京はどうあるべきか? - 民主主義の未来 - 2024と2025以降の注目AIトピックス ## 都知事選での成果 **ーーまず、今年ご経験された都知事選に関して振り返りをお願いします。** **安野氏** 今までは、政治とAIやITは距離が遠いものと考えている方が多かったのではないでしょうか?実際にやってみて、意外にそういったものが政治領域と親和性がある、と多くの方が気付いて賛同いただけたと思います。 政治の本質はコミュニケーションです。それは情報技術がものすごく得意とするところなんですね。 つまり、自治体のように多くの人が参加するコミュニティの中で、どのように意見を吸い上げて、どのように効果的に意思決定するか、という問題。ここに対してAIやITの出番があります。 実際、私がAI を使った選挙活動をした後くらいから(私の影響かどうかは分からないですが)、いろいろな方が似たような試みをされました。例えば、国民民主党の玉木雄一郎さんは、AIゆういちろうを7月にリリースしています。9月頃には、立憲民主党の泉健太さんも泉健太AIを出していたり、その他もいろいろな動きがありました。石破総理もデジタル民主主義をやるべきというお話をされました。我々はデジタル民主主義という波が始まるまさに黎明期にいると思っています。 ![AIあんの.png] :::small 画像の出典:AIあんの ::: **ーーGitHub上でフォーラムを作ってマニュフェストをみんなで議論する、というのも話題になりました。** **安野氏** 熟議民主主義のひとつの手段として、GitHub上で大勢で議論をすることで、より良い解を提案していく、荒らしやヘイトスピーチ、攻撃的な発言はAIによって検知してフィルターすることで、安心して議論を進められる空間をつくりました。それによって非常に建設的な空間が出来上がっていたな、という実感です。都知事選の短い期間の試みでしたが、今後に大きな希望が持てました。 **ーーGitHubなどの技術はハードルが高く参加者が限られる、という声についてはどうでしょうか?** **安野氏** まず、GitHub自体はまだまだ難しいツールだよね、というのはアグリーです。 でも、それを使いやすくしていくことは、今後やろうと思えばできると思います。一方、今のGitHubだったとしても、今までの熟議の対象からすると、広く参加していたと思います。 どちらか一方がよいというわけではないですが、対面でワークショップやタウンミーティングなどに参加できていた方と比較すると、より多くの方が参加できるように、しかも短時間だけ参加するなど、多様な参加形態を提供できました。 選挙における既存の意見集約のチャネルは、投票率が高いご高齢の方や業界団体の方、直接議員に陳情に来る方などに偏っている認識です。若い人たちの熟議を支えるシステムがあまりなかった中で、今回の取り組みは意義があったと考えています。結局、いろいろなチャネルの重ね合わせが重要だと思います。 **ーー得票数は想定よりも上振れしたとお伺いしましたが、その要因についてどうお考えですか?** **安野氏** 何より支援者の方々のご尽力のおかげですが、他の候補者と圧倒的に差別化されたコンセプトを評価されたことは大きかったと思います。ブロードキャスト型ではなく、ブロードリスニング型の選挙活動をやったことでした。 選挙期間を、候補者が考えてることを一方的にブロードキャストするだけではなく、みんなで東京の未来を良くするにはどうすればいいかを考える機会にしよう、と言っていました。そのため、GitHubであるとかSNSのソーシャルリスニングであるとか、AIあんのとか、そういったものを組み合わせて双方向のコミュニケーションを図っていたことがポイントだと思います。 ## 東京はどうあるべきか? **ーー安野さんはベンチャー企業経営のご経験をお持ちですが、企業経営と政治について類似点や相違点をお聞きしたいです。** **安野氏** ブロードリスニングのようなコンセプトは経営者でも使える場面はあると思います。例えば、「従業員がどういった福利厚生を求めているか?」「ユーザーにどういった声をがあるのか?」などをまとめる時には、近い話なのかなと思います。 私は、特に地方自治体の首長であれば、もっと企業経営に近い形の意思決定をしていった方がいいと思っています。独自色を出せていない、競争力をつけられてないという自治体が多い中で、企業のように差別化をして、効率的な運営をして、マーケティングをして、事業を育てていくのがよいのではないか、と。けれども、それをしっかりやれている首長の方は多くない、というのが、現時点での課題です。 東京都であれば、人材の流動性がグローバルに上がってきている中で、いかに他の都市と差別化して、東京を魅力的な街にし、経済を活性化し、社会全体として余剰を作るのか、そういう戦略的な動きや意思決定が求められていくはずです。 **ーー東京一極集中の是非については、どうお考えでしょうか?** **安野氏** 東京と地方の問題は、戦略が2つあります。一つは、再配分をもっと強化して、 東京と地方の格差を減らしていくことです。その場合、東京が世界の都市間競争に勝つのを諦めねばならない。もう一つは、東京がグローバルに勝つことを目指す。 私は、後者の立場です。短期的に見れば東京と地方の格差は広がりますが、長期的には東京の資本力が地方にも再分配される。 つまり、地方の方にとっても、東京がグローバルな都市間競争に勝った方がいい状況になると思っています。 **ーー地方の首長といっても首都の東京はかなり複雑ですね。** **安野氏** そうですね。やはり財政状況が全然違うことが大きいと思います。東京だけが地方交付税交付金をもらってないわけで、地方に富を回している自治体なんです。だからこそ、私は東京はデジタル公共財に対して投資する義務があると思っています。というのは、ソフトウェアを作ったり運用して実験してうまくいくことを確かめることは、他の財政的な余力のない自治体にはできませんが、東京都ならばそれができる。 デジタル公共材がいいのは、橋や道路などとは違って、無限にコピーができます。東京が作りまくり、それを地方が使いまくる、と。東京だけができることです。 ## 民主主義の未来 **ーー政治や民主主義とAI/ITに関して未来の展望をお伺いしてもよろしいでしょうか?** **安野氏** マクロで見ると、今、民主主義国家が抱えている問題は、10万人以上くらいのコミュニティにおいて効果的な意思決定をする方法を編み出せていない、という問題だと思っています。これは地方自治体の方に話を聞くと、10万人以下くらいであれば、全構成員に対してなんとかコミュニケーションできる。ここに境界がある、と。 10万人を超えると、 特に選挙でしか国民の意思を集約できない現状では、機動的な意思決定が全然できなくなっていく。それによっていろんな民主国家が困り始めている状況だと思ってます。それを、AIを始めとしたテクノロジーが発展していくことによって、解きほぐせる可能性があると思います。 それがデジタル民主主義と呼ばれる試みです。ソリューションは無限に出てきますし、今後、多くの人が様々な実験を繰り返すことによって、 こうやれば大体うまくいく、というのが分かってくると思いますし、とても期待してます。 もう少し言うと、おそらくデジタル民主主義の最前線はアメリカやEUではなく、東アジアである可能性が高い。なぜかというと、アメリカやEUは、社会の分断が進み過ぎているためです。もうファクトの有無というレベルで社会的な合意形成が取りづらくなってしまっている状況があるのではないか、と。 一方、台湾や日本はまだまだそのレベルではなく、新しいものを導入しやすい。AIなどを政治に活用しようとする時の受け入れられ方を見ても、アメリカと日本では全く違いますね。 こういう状況の中で、日本はこのデジタル民主主義の“10万人以上のコミュニティでどう意思決定すればいいのか”という難しい問題を解くフロンティアに立てる可能性があります。私も模索していきたいと思いますし、他の人の活躍にも大変期待してます。 **ーー民主主義とテクノロジーに関して、東浩紀さんの“一般意志2.0”や成田悠輔さんの“無意識民主主義”などが話題になりました。技術者の安野さんの目にはどのように映っているのでしょうか?** **安野氏** 3つのレイヤーに分けることができると思っています。成田さんの仰っていたような、 無意識にあるものまでセンサーでセンシングして行動データを集めれば、 人間たちの欲望が見えて、それで十分である、という無意識民主主義が、1つ目のレイヤーです。 次に、今作った独自用語なので、誰も言ってないと思いますが(笑)、 ソーシャルメディアなどで表出している意識的に現れた言葉を解析していくことで、それを民主主義に使う意識民主主義のレイヤーがある。 その先に、人々が話し合うことによって意見が生まれるという、熟議民主主義というレイヤーがある。つまり、人間のその意見がいつ生まれるのかで、レイヤーが3段階あって、無意識の時の声、意識している声、そして話し合った時の声に対応して、 無意識民主主義、意識民主主義、熟議民主主義です。 この中で、成田さんの主張は分かりやすくて、 無意識まで拡張すべきだ、という話だと思います。しかし、私の実務家的な視点からすると、これはまだ実装不可能だと思ってます。センサーもデータも別にそんな使えるようにはなっていない、そのAIもそれがあれば大体声が拾えるというとこまで行ってはいないだろうと。 東さんの議論の方は、私は哲学者ではないので、言葉の使い方が正しくない可能性がありますが、独自の解釈としてコメントします。 **ーー是非お願いします。** **安野氏** 意識民主主義的に出てきた言葉がいわゆる一般意志であり、熟議はその一般意志を横目に見ながら議論をするとより良くなるのではないか、と解釈しています。オードリー・タンさんが最近言ってる“プルーラリティ”というのも、重なる部分と重ならないところがある。今回の都知事選の例で言うと、東さんの一般意志2.0の枠組みをプロトタイプ的に実装したとも言えると思います。ソーシャルリスニングによる一般意志の可視化とGitHubによる熟議です。熟議の過程で、そのブロードリスニング を絶対に参照しなければならないという制約は全くなく、ただ横目に見ているだけ、という仕組みなので。 ![安野さん2.png] **ーー未来のデジタル民主主義の可能性としては、この方向が有力ですか?** **安野氏** まだ私はそう思っていますが、それでも30パーセントくらいそう思うという感じで(笑)、70パーセントくらいはまだよく分からない、というのが本音です。工学部出身者としては、実験を繰り返して、これで行けるね、というのを確認していくのが大事だと思ってます。これは経営者としても大切にしていて、自分の意見はすごく強くあるんですけど、これは絶対正しいというよりは、結果を見ながら、粛々と軌道修正はすべきだろうと。 ## 2024と2025以降の注目AIトピックス **ーー政治に限定せず、今年注目したAIのトピックはなんでしょうか?** **安野氏** 今年も色々ありすぎたな、という感じですけど(笑)、 やはり「o1(オーワン)」のリリースが1つ意義深いトピックだったと思います。今までスケーリング則というものがありましたが、そのスケールは基本的にはトレーニング時の計算量・データ量・モデルのサイズ(パラメーター数)の3つでスケールする、というものでした。「o1(オーワン)」で示されたのは、推論時の計算量もスケーリングの対象の中には入ってる、ということだと理解しています。新しい方向のスケーリングのやり方が示されというのは大きなマイルストーンになるのではないでしょうか。 このことは、将来のコンピューティングリソースが どう使われるのか、という話にも影響を与えるかもしれません。つまり、「今までは学習時にはGPUが必要だけど、推論時にはCPUでいけるよね」という話だったと思いますが、「今後は推論時にもめちゃくちゃ計算をしなければならない」と。世の中のデータセンターのリソースアロケーションに大きな影響がでてきます。 更に、リーズニングの能力がすごく上がったっていうのは素晴らしい話ですよね。数学のテストの点などを見ると伸びているのが明らかだな、と。 論理的なことまでできるようになってくると、AIエージェントに求められるような、 自律的に大きな問題を小さい問題に分割していって、それをそれぞれ解いていくという意味で重要な要素技術になってくると思います。AIエージェントという次の大きな山に行くためにも必要なパーツが揃ってきてるんじゃないかという気がしますね。 **ーー他には何かありますか?** **安野氏** うーん、GPT-4oですかね。両方OpenAIなんですが(笑)LLMも機能分化してきて、いろいろなものが登場しています。対話用途ではスムーズな会話ができなかった中で、すごく短い、500msecとか400msecのレイテンシーのモデルが出た。これはユースケースの幅をめちゃくちゃ広げる話ですし、すごくいいなと、思います。あとは、AI生成動画を人々が見始めた年でもあったと思います。最近でもMetaの「Movie Gen」などはすごいと思いました。 **ーー安野さんの見立てでは、LLMをはじめとする生成AIは幻滅期に入っていくと思いますか?** **安野氏** ChatGPTなどは幻滅期に入っていると思うんですが、技術的には連続的に成長しています。つまり、GPT3.5の幻滅期に対して、GPT4が与えられ、この幻滅期に対してGPT4oが与えられ、更に「o1(オーワン)」といったように。なので、ずっとGPT3.5であれば「ChatGPT、別にそんなに使えなくね?」と言われると思いますが、それをうまく回避してる。 それがまだしばらく続きそうな気がしますね。o2なのか、なにかは分からないですが、AIエージェント的なものがうまく動き始めたら、また「すげえじゃん!」となりそうです。 **ーー来年以降AIの分野で注目されているトピックも教えてください。** **安野氏** 来年はまだ難しいかもしれないですが、Sakana AIの「The AI Scientist」には注目しています。これがAI領域の大学院生レベルというか、Ph.D.レベルに到達したら、イノベーションの速度がめちゃくちゃ速くなりますね。AI領域の研究は全てパソコンの中で完結する、というインパクトが非常に大きなタイプの研究です。 AIの研究が進めば、更に世の中が変わります。これは継続してウォッチしていきたいです。 あとは、来年には、まだ不完全かもしれないですが、AIエージェントが出てくると思います。GPTのエージェント版みたいなものかもしれません。これにも期待しています。 **ーー最後に、安野さんの今後について、お話できる範囲でお願いします。** **安野氏** 具体的なところはまだお伝えできないのですが、先ほども申し上げたデジタル民主主義の問題、「10万人以上のコミュニティでいかに効果的な意思決定するか」を解くというのは非常にやりがいのあることだな、と思っています。 形而上学的にはずっと解けない問題なんですが、実務家が粛々とやれば進む話だと思ってて。そういう意味では私にできるところもあるはずだと思っています。 :::box [関連記事:AIエンジニア安野貴博氏、GovTech東京アドバイザーに就任 ブロードリスニングシステムの構築などを支援 「東京の未来についてSNSでつぶやいてください!」]{target=“_blank”} ::: :::box 特集:[AIの浸透と拡散 Ledge.ai年末年始特集「24to25」] :::